コロナ終息に向けて:各国レポート(27)スペイン

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スペイン流自粛生活とこれから

米田真由美

スペインは世界で5本の指に入る新型コロナウイルスの感染者、死者数を出した国である。これが最後といわれる警戒事態宣言の延長がつい先日発表された。発令から約3ヶ月、スペイン全土がようやくフェーズ1となり、感染者の多かった都市部でも規制緩和が始まっている。

2月中旬以降、隣のイタリアでは感染者が爆発、医療崩壊が起き、その後ロックダウンとなったにも関わらず、スペインの人たちはのんびりしていた。誰もが対岸の火事だと思っていたのだ。それから1週間も経たないうちにイタリアのようになると想像していた人はごく少数だろう(その証拠に、イタリアで開催されたサッカーの試合にスペインの団体が応援に行っている)。なぜなら、コロナウイルスに関する正しい情報があまりにも少なく、あったとしても楽観的なものばかりが目につくからだ。コロナ感染云々より、コロナを恐れていては普段通りの社会生活ができなくなるという考えの方が勝っていたのだろう。マスクの使用や消毒の使用にこだわり警鐘を鳴らす人は“Psicosis(直訳は精神病)“=神経質すぎると揶揄されていたぐらいだ。

スペインでは3月14日からConfinamientoといわれる外出規制が始まった。Confinamientoは、日本語に訳すと「監禁」「封鎖」「引きこもり」などの意味があり、もし、スペインに流行語大賞があったらまちがいなく今年はノミネートされるだろう。 とにかく外出したり、集まったり、誰かと食事やお酒をともにしたり、おしゃべりしたりするのが大好きなスペイン人にConfinamientoができるのか? 私の頭に、半日誰かと話せないだけでも頭がおかしくなりそうな友人の顔がいくつも浮かんだ。

人と会えないかわりにWhatsApp(チャットアプリ)が社交場となり、瞬く間にグループチャットはスペイン流ジョークであふれた。スペイン人のこのジョーク作りとその流布のスピードはすさまじい。政府の風刺であったり、世界中が騒いだトイレットペーパー不足の皮肉であったり、様々な画像や動画、音楽を組み合わせ、イラストやグラフィック技術を駆使し、こんな非常時でも多くの笑いを提供してくれた。なかには腹を抱えて笑えるようなものもあった。ほかのこともこのくらい早ければよいのにと、いつも思う。

外出規制が始まって数日後には、誰が発案したのかは定かではないが、人々が夜の8時になるとバルコニーや窓際に出て、医療従事者にエールを送る拍手をしはじめた。そのうち拍手では物足りなくなり、80年代に流行したスペインのPOPミュージックが流れてきた。その曲名は「RESISTIRÉ(耐え抜いてやる)」。 誰かが大音量で流し、それに合わせて近所の人たちが大合唱。ご近所さんとはいえ、このことで初めて顔を合わす人も多かった。よく知らない人たちなのに、みんなでRESISTIRÉを合唱しているうちに乗り越えられそうな気さえしてきた。その頃イタリアではオペラを流しながら、フランスではワインを片手にバルコニーに出る人々が報道されていて、お国柄が出るものだなと思ったのを覚えている。

一方、ニュースでは不穏な空気の国会中継が流れ、政府が発表するコロナ政策も休業補償や生活保障の情報も、具体的なことはよくわからなかった。入院中の家族を見舞えない、スーパーや薬局で買ってきたものをいちいち消毒しなくてはいけない、得体の知れないウィルスの怖さゆえに医療従事者を差別してしまう、励ましたい人にハグできない、歪んだ日常と不安からストレスがたまる……死亡者数が尋常ではないほどに膨れあがっていくことにもだんだん慣れてしまう。こそんな時だからこそ、生きていること、デジタルではなくアナログな方法で人と人が繋がっていることを実感したい、そんな気持ちがバルコニーでの拍手や大合唱行動を起こしたのだと思う。

スーパーでのビールやワインの売り上げは一時70%増加した。バル文化が根付いているスペインでは、アルコールは家庭内で消費されるものではなく、情報収集のために通う社交場でのコミュニケーションツールの一つだったのだと再認識させられた。バルへ通えるようになったらまたスーパーでのアルコールの売り上げは下がっていくのだろう。だけど、前とは景色が少し違っているはずだ。バルのカウンターの向こうにはマスクやフェイスシールドをしたウェイター、床には客同士の距離を取るために貼られたガムテープの印。これからがコロナとの本当の戦いといえる。

これからきっと、スペインで暮らす人にとっては考えられない新たな生活様式がたくさん生まれるだろう。一昔前のスペインでは、タバコの吸えないバルやディスコ(クラブ)なんて考えられない!と言われていたが、今ではどんな店でも屋内での喫煙などできないようになった。「考えられない=実現できない」ではないのだ。

自己主張が強いスペイン人だが、同時に彼らには「助け合う風土」が根付いている。そしてその助け合いの精神には驚くほど垣根がない。これから始まるアフターコロナの時代をどうにか助け合いの精神とユーモアで乗り切ってもらいたい。


米田真由美(よねだ・まゆみ):スペイン・アリカンテ在住のコーディネーター・通訳者。アリカンテ大学語学教育センター勤務。