コロナ終息に向けて:各国レポート「最終回」を終えて

「ポーランド」からのレポートをもちまして、この各国レポート最終回を終わらせていただきます。

2020年1月30日、新型コロナウイルス感染症について、世界保健機関(WHO)は、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。さらに世界的な感染拡大を受けて、3月11日には新型コロナウイルス感染症をパンデミック(世界的な大流行)とみなすと発表しました。
日本も例外ではなく、同年4月には全都道府県を対象に緊急事態宣言が出され、外出自粛を余儀なくされました。

この「各国レポート」の第一弾が始まったのは、その翌月の2020年5月のことです。
日本が第二波に見舞われていた2020年8月から10月に第二弾を、変異株が広がりを見せ、ワクチン接種が進められた2021年5月から6月には第三弾をお届けしました。
その後、日本では東京オリンピックが無観客で開催され、世界中でまた新たな変異株が猛威をふるい、コロナが終息したとはいえない状況が続き、2022年4月の第四弾へと続きます。

そして2023年5月5日、WHOはようやく、新型コロナの緊急事態宣言の終了を発表しました。もちろん、新型コロナウイルスそのものが消えたわけではなく、現在も感染者数はかなり多く、重症化される方もいらっしゃいます。いまもなお後遺症に苦しんでいる方も多くおられます。

それでも、社会全体を見ると、日本では、旅行や行楽地に出かける人がコロナ前とほぼ同じ数に戻りつつあり、この夏は、各地でさまざまなお祭りが4年ぶりに通常開催されるというニュースをよく耳にするようになりました。

一方で、ようやくコロナ前の生活に戻ったとはいえ、コロナ前と後では、暮らし方や働き方に明らかな変化が起きています。誰にとってもここ数年のコロナによる影響はけっして小さいものではありませんでした。

そこで、今回も前回までの執筆者さんに、各国の現在の様子、そして、コロナ前といまとでは何が変わったかについて、「最終レポート」として書いていただきました。

最終回もたくさんの方のご協力のもとに、24か国から24本のレポートが届きました。

今回のレポートを読んでみると、現在、どこの国でも規制はほぼ全面的になくなり、旅行や外食やショッピングをようやく以前のように楽しめるようになったという人々の解放感と前向きな様子が伝わってきます。

同時に、リモートワークやデリバリーフードの普及といったコロナ以前には見られなかった働き方や食習慣が定着したことや、他者とのかかわり方や距離感の変化について書いているレポートも多くありました。国によっては教育の遅れ、デジタル依存、教育格差、シニアの施設の問題など、コロナ禍がとりわけ社会の弱い人たちに与えた影響が今後の課題としてとりあげられていました。

ここ数年間、日本ではコロナに関する海外の映像をニュースで見ることはありましたが、このように同じ国から定期的に、さらに一市民の立場から人々の様子を伝えるというレポートは、とても貴重なものだったのではないかと思います。

第一弾から最終回まで、執筆をお引き受けいただいたすべての方に心から感謝いたします。
またこのブログを読んでくださった方々、ありがとうございました。
ときに寄せられる皆さまの感想に励まされ、第五弾まで続けることができました。

「この数年で、コロナにかかわらず、人類を危機にさらす想定外の出来事がこれから先も発生する可能性があること、またその危機は予告なしにいつでも誰にでもやってくることを実感しました」。これは、今回のモザンビークからのレポートに書かれていた一文です。

まさに、そのとおりだと思います。

コロナだけではありません。
21世紀を生きる私たちの前には、地球温暖化をはじめ、地球規模で考え、人類全体で解決していかなければいけない問題が立ちはだかっています。

いつかまたそういった問題について、各国からの貴重なレポートをお届けできればと考えています。

2023年8月 猛暑の続く東京にて
株式会社リベル

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(24)ポーランド

ポーランド(人口約3801万人)

岩澤葵

ポーランドからコロナの存在感がなくなってから、もうずいぶんと経ちます。記憶をたどってみると、隣国ウクライナで戦争が始まってからはまったくと言っていいほど市民のあいだでは話題にのぼらなくなりました。

2022年3月28日、政府は残されていたすべての規制の解除を発表。これにより、医療現場を除くマスク着用の義務、出入国の際に抗原検査あるいはPCR検査を受ける義務など、コロナを理由とする一切の規制・義務がなくなりました。街はすっかりコロナ前の状況に戻り、当時を思い返すと懐かしいほどです。

ショパン・ピアノコンクールをはじめ文化行事やスポーツの大会など、新型コロナウイルスの流行初期に中止や延期をされていたイベントは、遅れて開催され、クリスマスマーケットや記念日などの季節行事も、通常通り開催されるようになりました。日本からの留学生や各国からの観光客もたくさんポーランドを訪れています。

日曜日にワジェンキ公園のショパン像の前で過ごす人たち

コロナ後にポーランドに残ったものといえば、リモートワーク、フードデリバリーや宅配ロッカーのサービスなどです。風邪気味のときにマスクをする人も増えたように感じますし、お店の入口に置かれた消毒液もそのまま残っています。そのほかでは、職業やライフスタイルの選択にかかわる価値観が若者のあいだで変化したように感じます。

コロナ禍の外出禁止やリモートワーク生活でプライベートの時間が増えてからは、家族との時間や自分のために時間を使う生活スタイルを重視している人が増えているようです。企業側は、休暇の取りやすさや職場環境など、賃金以外の「働きやすさ」の面でベネフィットを提示して従業員を長くつなぎとめることが課題だといいます。いまや転職の際には、求職者にとってリモートワークが可能かどうかも重要項目です。複数の収入源をもつ人、場所や勤務形態にとらわれず家庭や学業と両立して仕事をする人、実にさまざまなスタイルで、それぞれ自身に合った生き方の選択をしている印象を受けます。これはポーランドに限らず、他の地域でも同じような傾向があるのではないでしょうか。

コロナ終息後も、各地でさまざまな問題が起きていますが、平和を願うばかりです。


岩澤葵(いわさわ・あおい):ポーランド・ワルシャワ在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(23)マレーシア

マレーシア(人口約3260万人)

橋本ひろみ

マレーシアの現在の新型コロナウイルスの感染状況は、最近また感染者が増加し、2023年5月にピークとなりましたが、その後、減少しつづけています。重症化するケースも少なく、病院や隔離センターの負担や使用状況もかなり余裕が出てきています。

現在のマスク規制は、病院など一部の建物以外、ほとんどの場所ですでに撤廃されていますが、先日7月5日に、病院でもその規制が撤廃されるとの発表がありました。しかし、体調が悪い人や高齢者はマスク着用が強く推奨されています。この規制の撤廃により、国民の生活はほぼコロナ前の状態に戻ると予想されています。

1日の新規感染者数の推移(2023年1月2日〜2023年7月1日)
参照:マレーシアのパンデミックの最新情報
https://data.moh.gov.my/covid

ある日系の会社では、コロナの症状が出た場合、すぐに検査を受けることを義務づけていました。そのおかげで感染者を早めに発見し、隔離などの対策をとることができました。それでも同じ部署で仕事をしている人には次々と感染し、自宅隔離やリモートワークを余儀なくされることもあり、そのために業務に支障をきたしたり、人手不足に悩まされたりなど、今でもコロナの影響はまだ残っています。

しかし、たとえコロナに感染したとしても、以前のような深刻な状況にはならず、国民の意識も普通の風邪やインフルエンザに罹ったくらいの感覚で、以前のようなストレスや心配はずいぶんと軽減され、心に余裕も持てるようになりました。

コロナ前と後で大きく変わったことのひとつは、ビジネスの形態だと思います。たとえば外食産業であれば、コロナによって人々の移動が制限されたためにフードデリバリーの需要が特に増加し、コロナ後の今でもその需要はかなり定着していて、利用しつづけている人は多いです。また便利で安価なデリバリーサービスのさまざまな新しいモデルも出現し、ショッピングセンターに行く手間や時間が省けるオンラインによる商品購入というシステムも順調に増えています。会社勤務は現在ではもとに戻り、交通渋滞も以前と同じように戻りましたが、一方で、今でもリモートワークを継続している会社や従業員の存在もよく耳にします。

私の携わっている教育業界でも完全に対面授業が復活しましたが、それでもこの数年で培ってきたオンラインクラスでのスキルやオンラインならではのメリットもたくさんあり、現在では対面とオンラインの両方の利点を生かしながら授業や会議をしています。

マレーシアでは現在、待ちに待った海外旅行に出かける人も急増しています。またコロナ禍で開催や参加が大きく規制されたお祭りや行事なども、以前と同じように規制なく行われるようになり、もとの活気を取り戻しています。しかし同時に将来またコロナ禍が再発する可能性への懸念も多くの人が持っています。

この数年で、コロナにかかわらず、人類を危機にさらす想定外の出来事がこれから先も発生する可能性があること、またその危機は予告なしにいつでも誰にでもやってくることを実感しました。だからこそ、恵まれた環境があればそれに感謝し、また危機が訪れたときにも被害を最小限に抑え、それを乗り切っていける柔軟性や対応力をふだんから養っていくことが大切ではないかと思っています。

電車の中(マスクの着用は半々くらい)


橋本ひろみ(はしもと・ひろみ):マレーシア、クアラルンプール在住。翻訳者、日本語教師


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(22)オーストラリア

オーストラリア(人口約2575万人)

徐有理

私の住むシドニーでは、昨年9月から、電車やバスなどの交通機関でのマスク着用が個人の判断に委ねられるようになりました。病院や介護施設を除けば、このアナウンスによって、シドニーでは実質完全にマスクのいらない生活に戻ったと言えます。マスクがいらなくなった日から、多くの人が早速マスクを外して生活するようになりました。

もちろん政府は現在も、ソーシャルディスタンスを十分に取れない室内ではマスク着用を「強く推奨」していますが、私が見るかぎりマスクを着用している人は1割にも満たないと思われます。ソーシャルディスタンスという単語もこの文章を書いていて久々に思い出しました。

コロナ感染時は、熱や咳などの症状がなくなるまで自宅で隔離することが推奨されていますが、強制ではありません。現在ニューサウスウェールズ州ではまた感染者が増えており、報告される感染者数は毎週1万人を超えていますが、それに驚いたり恐れたりすることもなく、私たちの生活はコロナ前とほぼ変わりません。自分は2回かかったからもうさすがにかからないはず、と余裕を見せていた同僚もいました。

規制や感染者の多かった時期はリモートワークに切り替える人がたくさんいましたが、それが落ち着いてからもリモートで続けていきたいと思う人が多いようで、コロナ前よりもリモートワークをする人の割合は高いままと予想されています。病院で働く私には無縁の話なので、家でも働けるのは羨ましく思ったりもします。

病院ではやはりまだコロナ感染防止に努めており、救急に来たらまずRAT検査(迅速抗原検査)、入院する場合はPCR検査を必ずやることになっています。患者と直接関わらない管理職などのスタッフはマスクをしなくていいことになりましたが、現場のスタッフがマスクを外せるようになる日はまだまだ先のことになるでしょう。日常ではもう誰もコロナを気にしていないとはいえ、コロナに感染し入院までしないといけなくなった年配の患者たちを見ると、パンデミックは完全に終わったわけではないことを実感します。

シドニーでは6月現在、毎年恒例のVIVIDショー(イルミネーションなどの光のフェスティバル)が開催されています。コロナの規制がなくなって以来2回目のVIVIDに行ってきましたが、本当にたくさんの人で賑わっていました。海外旅行もまた普通に行けるようになり、休暇を取った同僚たちは自分の国に一時帰国したり、ヨーロッパ旅行に行ったりしています。

VIVIDショーの様子。たくさんの人で賑わっているが、マスクを着用する人はほとんど見られない

私はゴールデンウィークに合わせて日本に行ったのですが、多くの人がまだマスクをつけているのに合わせ、私もやはり室内ではマスクをつけて過ごしていました。日本の友達もマスクを外しはじめていましたが、シドニーでは誰も何も言わずマスクを外しはじめていたのに比べて、少し周りを気にしている様子で、国の違いが見えた瞬間でした。


徐有理(そ・ゆうり):日本生まれ。2011年に韓国・ソウルに移り、2014年にオーストラリア・シドニーの高校に入学。シドニー大学看護学部卒業後、現地の病院で看護師として勤務の傍ら、韓日翻訳も行う


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(21)韓国

 

韓国(人口約5163万人)

小佐野百合香

202361日から韓国ではマスク着用が「義務」から「勧告」となりました。医療機関と薬局、療養型病院を除き、マスクをする必要はなくなったため、うっかりマスクを忘れて外出してしまうことも増えました。それでも何の問題もなく一日過ごせることに、韓国でもコロナ前の日常へと戻っていることを感じます。

マスク着用の義務が解除されると同時に、感染時の隔離も「7日間の義務的隔離」から「5日間の隔離の勧告」へと変わり、原則的に隔離は必要なくなりました。2年間、Zoomによるオンライン授業だった大学の講義も、今年からは完全に対面授業です。コロナによる店舗の営業時間制限も一切ありません。私が通っている韓国の大学では、5月に久しぶりに大学祭が開かれ、韓国の若者に人気の「赤頬思春期」という歌手が来たことで、校内は人であふれかえり、完全にコロナ前に戻ったような雰囲気でした。日韓を往来する際のワクチン接種やPCR検査もなくなったため、航空券代がコロナ前に比べて高いことを除けば何の障壁もなく往来することが可能になりました。外を歩いていると、夏休みに行く海外旅行の話が聞こえてきます。

しかし、コロナが終結したわけではなく、周りにも感染者は一定数います。インターンをしている職場の上司が日本出張に行く前日にコロナにかかり、出張の日程を延ばすこともありました。また、マスクの義務が解除されてからも地下鉄のような密閉された空間では半分くらいの人がマスクをしています。2年を越える厳しい防疫生活で私たちに生まれた感染症への不安感はまだまだ残っているようです。

次第にコロナ前の日常へ戻りつつある韓国ですが、コロナの前と後で最も変化したことは、人との関わり方ではないかと思います。私の通っていた歴史学科では毎学期、3泊程度の地方合宿を行っていました。学科の先輩、後輩、教授が一緒に地方の遺跡をまわり、夜はレクリエーションをし、お酒を飲んで……という歴史学科ならではの行事でしたが、コロナで2年間中止されていました。ついに昨年の2学期から再開され、今学期も韓国の江原道という地域を訪問しました。しかし対面イベントが2年間中止されていたこと、オンライン授業で人との関わりが減ったことで、レクリエーションを盛り込みすぎると学生が負担を感じて参加人数が減ってしまうと運営側が嘆いていました。

人であふれている大学祭の風景

韓国ではコロナの前から、アルコールやレクリエーションの強要に対して敏感になっており、合宿の前にお酒を無理強いしないようにと再三注意されてはいましたが、対面イベントや人との関わりが制限されたことで文化そのものに変化があったのだと思います。2年間の防疫生活で生まれた変化や、感染症への不安感は、コロナ前の状況には完全に戻らず、上書きされて新しい文化になっていくのだと思います。


小佐野百合香(こさの・ゆりか):ソウル市立大学に在学中。韓国史学科4年生


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(20)チェコ共和国

 

チェコ共和国(人口約1051万人)

岡戸久美子

チェコ保険省は2023年4月20日より新型コロナ感染者の一律隔離義務を撤廃し、医師または衛生局が感染者の状態を個別に判断して隔離を指示することとしました。インフルエンザ等の感染症と同様の措置が適用されるようになったということです。

上記は、実は今回このレポートを書くにあたり調べていて見つけた情報で、正直こんな最近まで隔離義務が残っていたことを知りませんでした。情報に疎い、と言われればお恥ずかしい限りですが、「私の周囲ではコロナ規制は完全に終了ムード」と書いた前回のレポート以降も特に規制の再強化等はなく、人々の口から「コロナ」という言葉を聞くこともほぼなくなっていたため、日々の生活であえて意識することなく過ごしていたように思います。

前回のレポートと言えば、規制緩和まえの冬にはオミクロン株でクリスマスマーケットが急遽中止になったとも書いていたのですが、昨年末には無事に開催されました。写真は私の住む街の広場です。プラハなどの観光都市に比べれば断然地味ですが、多くの住民が集まって数年ぶりに規制のないクリスマスをお祝いしていました。

クリスマスツリー点灯式で賑わった街の広場

このように1年以上コロナを意識せずにいられるチェコではすでに、マスクをする人の姿もほぼ見かけません。マスク着用が義務付けられていた間はきちんとマスクをしていたチェコの人々も、規制解除と同時に外しました。その光景にすっかり慣れてしまったので、少し前にテレビでたまたま日本のお花見シーズンのニュースが流れたときには、いまもマスク姿の人が多いことに私自身も改めて驚き、家人(チェコ人)には「え、これいつの映像? 2年前? まさかいまじゃないよね??」と言われました。

コロナによって広まったリモートワークとオンラインミーティングはいまでもかなり活用されています。もちろん対面を好む人々もいますが、状況に合わせてリモートという選択肢が増えたのはポジティブな変化として受け入れられたようです。また、小さなことですが生活面で個人的によかったなと思うのは、カード払いできるお店が増えたことです。コロナ禍では、現金受け渡しによる接触を防ぐためにカード払いが推奨されていたため、カードをかざすだけで支払いができる端末を多くのお店が導入しました。以前は現金のみだったファーマーズマーケットやバス等でも小銭を気にすることなくカード払いできるようになったのはありがたいです。

振り返ってみると、すべてが適切とは言えないまでも政府が必要に応じて対策を立て、人々もそれに従う。不要となったら廃止する、でもいいものは残す。この切り替えがはっきりした国だったなと思います。現在はインフレによる物価高騰に頭を悩ませられていますが、「先の心配ばかりしていないでいまを楽しもう、人生また何が起こるかわからないんだから」と言われ、はっとしました。いつでも行けるから、とか、お金が貯まったらと思って旅行を我慢しているうちにまた規制されるかもしれないし、一生懸命貯めたお金も数年後にはインフレで価値が下がっていることも大いにありえます。チェコ人を見習って、もっと身軽に生きようと感じる今日この頃です。

こちらは、先日訪れた、城跡を舞台にした野外ミュージカルの写真です。お天気もよく、たくさんの人が観劇を楽しんでいました。ちなみにチェコは人口密度ならぬ城密度が世界で2番目に高い国なのだとか。


岡戸久美子(おかど・くみこ):英日翻訳者。チェコ共和国北西部在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(19)バングラデシュ

 

バングラデシュ(人口1億6935万人)

大橋正明

バングラデシュでは、数か月前からコロナ予防のためにマスクをしている人はほとんど見かけず、一見すると以前の日常生活にすっかり戻ったように感じる。

それでも注意深く見ると、コロナ前には盛んだった夕方や週末・休日の親族や友人の家への訪問が減ったままだったり、都市部ではオンラインで買い物をする人が増えたり、自宅で働く人が増えたり、特にそのせいで経済活動に参加する女性が増えていることなどに気がつく。しかし全体的にコロナで多くの就業機会が失われ失業者が増加したこと、そしてコロナ感染による医療費が高いために、貧富の格差が全体に拡大し、かつ貧困層が増えたことも指摘されている。

少数派のヒンドゥー教徒の秋のお祭り、ドゥルガプージャの様子

本稿では、特に子どもたちに生じた深刻な負の影響を挙げておこう。

子どもたちが通う学校は、コロナ感染を防ぐために1年半余りという長期間にわたって閉鎖されていた。富裕層が通う私立学校の大半は、その期間にオンラインでの授業配信を行い、児童・生徒たちは自宅でデバイスを使って学習を続けた。しかし予算や設備が貧弱でかつ貧しい家庭の子どもが多い公立の小学校では授業の配信ができず、仮に配信できても大半の子どもたちはそれを受けるためのデバイスを購入できなかったので、子どもたちの多くは長期間、学ぶ機会を失った。

そのため農村部では、この間も閉校せずに教育を続けた近所の「コウミマドラサ」に親が子どもを転校させた例が目立った。これは、公的な初等教育課程に従わずにアラビア語やコーランを中心に教える宗教学校である。平日の昼間に子どもが自宅やその周辺にいるよりよい、と親は考えたのだろう。しかしこのマドラサは公的支援を受けない代わりに情報公開もしないので、どれくらいの子どもがここに転校し、かつそこで就学を続けているのか、それともドロップアウトしたのか、まったく不明だ。また、転校もせずに小学校からドロップアウトした子どももいる。

コックスバザール県にあるロヒンギャ難民キャンプの様子

ちなみにバングラデシュでは、コロナ前は小学校でもすべての学年の児童は年次試験に合格しないと次学年に進級できなかった。しかし政府はコロナの最中この試験を取りやめ、日本のように自動で進級できるようにした。このことは必ずしも悪い面ばかりではないものの、バングラデシュの場合、そのために学校再開後の新学年の学習内容についていけない子どもが増加しており、その結果ドロップアウトが増えているのかもしれない。

繰り返すと、今日の児童たちの教育には大きな遅れが生じているだけでなく、学校からドロップアウトした子どもたちが、就業させられたり、児童婚を強いられたりしている。児童婚は、貧しい家庭の口減らしのためでもあり、隣国インドでもコロナの最中にこの増加が広く指摘された。こうした問題の詳細に関して、公式な統計が明らかにされていないことも、対応の遅れや不足を招くことになる。

このままでは、大事な基礎教育の一部を欠いた世代が社会に出ていくことになりかねない。

ダッカ市内の元はビハール難民キャンプだった地区の商店街の様子


大橋正明(おおはし・まさあき):聖心女子大学グローバル共生研究所招請研究員、恵泉女学園大学名誉教授、SDGs市民社会ネットワーク共同代表、シャプラニール=市民による海外協力の会シニア・アドバイザー、日本バングラデシュ協会副会長


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(18)オランダ

 

 

 

オランダ(人口約1747万人)

國森由美子

今回の原稿を書くにあたり確かめたところ、前回のレポートは、昨年2022年4月時点での状況についてでした。その後、筆者の住むオランダでは同年9月中旬に入国制限が撤廃され、外国からオランダに入国する際のチェックが不要になりました。そうはいっても、当時はまだまだ数種類のオミクロン株の変異種が流行っていました。

個人的な話になりますが、そんな中で11月中旬、筆者もとうとう感染しました。いくらか気の緩みがあったことも事実です。ひさしぶりに公共交通機関を利用し1日中外出していた日から数日後に発熱、簡易テスターで陽性判明、1週間ほど寝込みました。嗅覚異常があり、熱が下がるとひどい喉の痛みに襲われました。咳や呼吸困難はなく、幸い目立った後遺症もありませんでしたが、2冊の訳書のゲラ校正作業と重なってしまい、なかなか大変な思いをしました。

今年2023年2月末には、コロナ関連の義務・規制をすべて撤廃するという政府の発表があり、これは3月10日から実施されました。コロナ感染症自体が消滅したわけではないものの、感染しても重篤な症状になる例はわずかであるというのが主な理由です。もちろん、持病など健康上のリスクのある方に配慮して行動する、体調不良の場合には市販の簡易テスターを使って陽性だと判明したらきちんと静養する、屋内の換気を十分行うなどは、基本的に推奨されています。それから約3か月経った6月初旬現在では、パンデミック前とほぼ変わらない生活にもどったかのように見えます。

市場の立つ土曜日のにぎわい。見た目には、もうすっかりふつうですが……? 左奥はライデン市庁舎のカリヨン塔

政府の公表しているコロナ関連の統計を見ると、下水中のウイルス量の数値はかなり減っており、実効再生産数(「1人の感染者が平均して何人に感染させるか」を表す指標)は、0.7台となっています。ただ、過去のロックダウンの経験をふまえ、リモートワーク、さらにはZoomを併用してのイベントや会議などが行われることが以前よりも増えたのではないかと思います。Zoomは便利なツールではあるので、必要に応じて今後も活用されるのではないでしょうか? オランダでは友人や親戚どうしであいさつをする際に、左右の頬に軽くキスをし合う習慣があるのですが、個人的には、なんとなく今後は遠慮しようかなと思っています。

私事ですが、2020年から今年2023年にかけて筆者が翻訳を手がけたオランダ文芸書は3冊ありました。3冊とも無事に刊行され、いまは少しゆっくりしながら次の翻訳の準備を始めているところです。今年のオランダは、4月の気温が例年より低く、なかなか春らしくなりませんでした。そのせいもあったのか、心身不調でした。疲れもたまっていたのかもしれません。もしかしたら、これもコロナの後遺症なのかと心配になるほどでしたが、日がどんどん延びて明るい季節となり(6月3日現在の日没は21時55分)、体調も急速に回復し、ほっとしています。

先日は、パンデミックが始まって以来はじめて、アムステルダムのコンセルトヘボウへコンサートを聴きに行きました。わたしも時折館内ガイドの仕事をしているライデンのシーボルトハウス博物館主催の〈Japanmarkt(ヤパンマルクト)〉も、2019年5月以来4年ぶりに行われました。今回は飲食禁止でしたが、日本のクラフトやキャラクターグッズ、中古着物など、たくさんのテントのお店が並び、天候にも恵まれて大盛況でした。

休憩中に撮った1枚。演奏者にも聴衆にもマスク姿は見かけませんでした

今年が没後100年のオランダの文豪ルイ・クペールスの最新の評伝刊行記念プレゼンテーションもありました。わたしの訳書のうち1冊は、このクペールス著『慈悲の糸』(作品社刊)で、この記念の年に合わせて刊行されたものです。評伝の著者カロリーネ・デ=ヴェステンホルツさんにもお祝いに1冊謹呈し、大変喜んでいただきました。彼女もこの2年というもの、ずっと執筆していたことを知っているので、晴れて大々的な刊行記念パーティーが催されてほんとうによかったと思います。会場はハーグの由緒ある会員制社交クラブでした。

まだなにかと心配は尽きませんが、なんとかこのままCOVID-19が収束し、社会も落ち着いていきますように、あれこれ気を遣いながらでも、徐々に「ふつうの暮らし」といえる日々になっていきますようにと願わずにいられません。

ヤパンマルクト2023。シーボルトハウス博物館の前の運河沿いの通り

筆者は3年ほど日本に帰国しておらず、日本の入国制限がようやく撤廃されたので、そろそろ日本の家族(筆者にも筆者の夫にもそれぞれ老齢の母がおります)や親類に会いに行きたいと思っています。


國森由美子(くにもり・ゆみこ):オランダ語文芸翻訳者、音楽家。オランダ・ライデン在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(17)ネパール

ネパール(人口約2919万人)

山口七奈

ネパール政府が現在までに公表しているコロナ感染者数は、累計約100万人、死者数約1万2,000人とされている。この数は、報告可能な地域に限られているので、実際はもっと多くの感染者がいたと思われる。2022年3月5日には、カトマンズ盆地内の行動規制が撤廃され、第四弾のレポート(2022年4月)後の1年間の感染者は、毎月3桁以下を推移し、8月頃に一度5,000人台となったが、10月頃にはまた3桁以下に戻り、行動制限解除以前のネパールの状況と比べると感染者数はとても緩やかに推移していた。

現在では、各新聞のコロナ特設ページは消え、街中でのワクチン接種証明書の提示義務はなくなり、飲食店からアルコール消毒液がなくなった(残っているのは、一部の高級なレストランくらい)。一部のIT企業やNGO等では、在宅ワークが業務形態の選択肢として増えたケースはあるものの、大半の一般企業では会社に通勤することが一般的になり、オンラインではなく対面会議がほとんどになっている。また、腕ではなく手のひらでしっかりと握手し、マスクを着用する住民を見る機会も少なくなってきた。

2022年5月の観光地(バクタプル)の様子

街中では、体温検査よりも、飲酒運転の取り締まりの方が多くなった。伝統的な祭りや結婚式では、どんなに混雑していても、伝統やおしゃれが優先され、ほとんどの人がマスクを着用していない。行動規制期間中のようなピリついた空気はなくなり、ほぼコロナ前の状況に戻った印象である。しかし、住民のなかには、コロナによってマスクが習慣化した人々や、コロナ前から大気汚染対策としてマスクを日常的に着用していた人々もおり、意識的に移動時や混雑した場所などでマスクの着用を続けている。また、病院に限っては、医療従事者だけでなく受診する人も、コロナ前よりもマスク着用する人が多くなっている印象を受ける。

ソーシャルディスタンスに関しては、規制時以外は、コロナ前の距離感とあまり変わらないように感じている。もともと公共交通機関の中やスーパーのレジ待ちなどでも、ディスタンスゼロで、他人に触れてしまうような距離感になる状況が多いこの国では、距離を保つ習慣は身につかなかったのだろう。また、室内の家具の配置、乗り物や歩道等の規格が日本より大変狭く、他人と距離を保つことが物理的に難しいことも、習慣にならない大きな理由であると思う。

私は日本に帰国するために、2022年5月に3回目のワクチンを現地で接種することにした。日本政府が当時、入国時に認めていたワクチンを接種する必要があったのだが、どの施設で、どのワクチンが接種できるか、当日にならないと情報が入らなかったため、3件ほどの施設を巡った。しかし、最終的にたどり着いた施設では、待ち時間がなく段取り良く接種することができた(ネパールで「段取りが良い」ことは大変珍しい)。この頃までには、接種を希望するネパール人のほとんどがワクチンを接種していたため、外国人も含め、誰でも待ち時間なく接種できる状況だった。

ネパールで入手できる抗原検査キット(日本円で約500円)

2022年の8月から9月にかけては、ネパール全土の人々がデング熱に苦しめられ、2万8,000件以上の感染例が確認された。通常、デング熱はネパールの南のタライという熱帯地域で感染することが多かったのだが、気候変動の影響もあり、2022年のデング熱は主に中央部のカトマンズ盆地で感染が拡大した。デング熱に感染した人は、ベッドから動くこともままならないほどの関節痛や熱などにうなされ、長いときには1か月以上にもわたって症状に苦しめられる。この時期はよく「デング熱に比べると、コロナの方が症状は全然楽だ。絶対にデング熱には感染したくない」とよく耳にし、コロナよりもデング熱の方が恐れられていた。私の周りには、今までに数回コロナに感染した人も多く、コロナ感染に慣れたためか、デング熱ほどの危機感はコロナにはもうなくなっていた。コロナになっても、病院に行かず自宅で隔離するだけという状態に感染者もその家族も慣れていた。感染後、嗅覚や味覚の違和感を訴えていた人々はいたが、長期的なコロナの後遺症等はニュース等で大きく取り沙汰されることはなかった。

2020年以降、コロナで職を失って地元に帰ってきていた人々が、地方で農業などの家業に従事するケースが増えていた。しかし、2022年以降は国内外で行動規制が緩和されたことによって、より多くの収入を得る機会を求め、再び出稼ぎのために首都や海外に移住している。コロナ前(2019年)のネパールへの海外送金対GDP比率は約26%であり、ネパール国内の雇用促進、経済活動の繁栄はネパール政府の大きな課題の1つであるが、コロナという大きな出来事をもってしても、地方からの住民の流出は止めることはできなかった。

ネパールにかかわる者として、今後もネパールの発展に貢献し、雇用機会の地域差を減らし、ネパールの人々が地方で家族と幸せな生活が送れるようなサポートをしていきたいと考えている。


山口七奈(やまぐち・なな):特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン ネパール事務所長(https://peace-winds.org/activity/area/nepal)。建築家。ネパール・バクタプル市在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(16)アイルランド

アイルランド

 

アイルランド(人口約512万人)

石川麻衣

世の中がシフトするのを肌で感じたのは、今年の2月頃のことだった。その頃、街中のカフェで、知り合いの演劇人6人と鉢合わせた。ダブリンの街は意外と狭い。人と偶然会うことは珍しくないが、6人はさすがに多い。その時、長い夢から覚めたような、不思議な感覚に陥った。まだ終息とは言えないが、パンデミックの峠を越えたのかもしれないと感じた瞬間だった。

持病のある高齢者がマスクをしている姿は時折見かけるが、もうずいぶん前からアイルランドではマスクをする習慣はなくなっている。公共交通機関では必ずマスクをしていた私も、おのずと今年のはじめ頃から着用しなくなった。医療機関でのマスク着用義務も今年の4月半ばには解除されている。近所の女性たちは、コロナ禍について、「儚い夢のようだった」と語る。ソーシャルディスタンスは、跡形もなく消え去った。あらゆるコロナ禍の習慣が過去のものになりつつあるなか、残っているのはZoomとキャッシュレスくらいだろうか。Zoomは、会議やシンポジウム、また、私が参加している物書き向けの講座でも頻繁に使われている。最近では、従業員が雇用者に対してリモート勤務を要求できる法案が通ったそうだ。「ハイブリッド・ワーキング」が当たり前になりつつあるのだ。

また、先日、Fishambleというアイルランドの劇団が、アイリッシュ・アメリカ人劇作家とアイリッシュ・パレスチナ人劇作家の共作の戯曲リーディングを、ワシントンDCとダブリンの会場をネットで繋げてリモートで行った。大西洋を挟んで、別々の会場(観客あり)に待機する2人の役者は、画面を通して演技をする。これも、コロナ禍のなかデジタルを駆使して作品を発表し続けたからこその試みだろうか。

新緑に覆われたアイルランド国立ボタニカル・ガーデン

コロナ以後の印象的な出来事と言えば、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、難民の大量流入が引き金となり勢いを増している反移民デモだ。今年に入ってから、ダブリンだけで125回(2023年4月半ばまでの回数)反移民デモが行われたという。去年1年間では、300回以上にも及ぶ。「アイルランドは満杯だ」、「アイリッシュ・ライヴズ・マター(アイリッシュの命も大切だ)」などというスローガンを掲げ、今のところ勢いが収まる気配はない。現在、アイルランドは深刻な住宅危機に悩まされている。そこに難民危機が重なり、さらに深刻化した。2022年のヘイトクライムの数は、前年に比べて29%増加したそうだが、こうした風潮の根底にあるのは、レイシズムというより、住宅や医療のサービスが行き届いていない労働者階級の怒りのような印象を受ける。デモを先導している集団は「移民男性によって女性と子供の安全が脅かされている」などと、プロパガンダを使って脆い市民の心を煽り、多くの女性の支持を得ている。彼らは、コロナ禍に、ワクチン陰謀説を説いていた集団だという。

近所の一軒家に44名もの移民が住んでいるという話を聞いた。家の前に置かれたゴミ用のタンクはいつもゴミで溢れており、常にブラインドが下がっている。1部屋に何台もの2段ベッドが設置されているのだとか。それでも、家賃としてひとり月に約400~600ユーロ(約6~9万円)支払うというのだから、住居の需要の高さがうかがえる。

また先日は、難民のテントが反移民の人たちによって燃やされるという事件が起きた。難民宿泊施設の提供が追いついておらず、野宿をする難民も少なくない。私が住む通りには、ウクライナの難民女性に部屋を貸している人がいる一方で、反移民デモに参加している人もいる。人々の間で、ちょっとした分断が生まれているのかもしれない。

一方で、移民たちを歓迎する動きも確実に強まっている。少し前まで、アイルランド演劇界はほぼ白人一色だったが、最近はグローバル・マジョリティ(白人目線の「エスニック・マイノリティー」に代わって使われている言葉)を雇う努力があちこちで見受けられるようになった。

白鳥の家族

そんな世の動きを横目に、私は個人的にゴミ拾い活動をはじめた。以前ほどではないが、まだマスクが道端にちらほら落ちているのを見かける。コロナ前はマスクを購入するのさえ困難だったことを考えると、風邪予防として少しはマスクが定着しているのかもしれない。コロナ禍で自然のありがたみを知った私たちだが、路上に落ちているゴミの量を見ると、そんなことも儚い夢にすぎなかったのかと思える。

今ちょうど巣作りをしている白鳥は、プラスチックと葦の見分けがつかない。巣の中に、葦に紛れて赤いコカ・コーラのラベルがまぶしく光っていた。


石川麻衣(いしかわ・まい):通訳、英日翻訳家(主に演劇、芸術関係)、ナレーター。国際演劇協会会員。アイルランド・ダブリン在住