コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(19)バングラデシュ

 

バングラデシュ(人口1億6935万人)

大橋正明

バングラデシュでは、数か月前からコロナ予防のためにマスクをしている人はほとんど見かけず、一見すると以前の日常生活にすっかり戻ったように感じる。

それでも注意深く見ると、コロナ前には盛んだった夕方や週末・休日の親族や友人の家への訪問が減ったままだったり、都市部ではオンラインで買い物をする人が増えたり、自宅で働く人が増えたり、特にそのせいで経済活動に参加する女性が増えていることなどに気がつく。しかし全体的にコロナで多くの就業機会が失われ失業者が増加したこと、そしてコロナ感染による医療費が高いために、貧富の格差が全体に拡大し、かつ貧困層が増えたことも指摘されている。

少数派のヒンドゥー教徒の秋のお祭り、ドゥルガプージャの様子

本稿では、特に子どもたちに生じた深刻な負の影響を挙げておこう。

子どもたちが通う学校は、コロナ感染を防ぐために1年半余りという長期間にわたって閉鎖されていた。富裕層が通う私立学校の大半は、その期間にオンラインでの授業配信を行い、児童・生徒たちは自宅でデバイスを使って学習を続けた。しかし予算や設備が貧弱でかつ貧しい家庭の子どもが多い公立の小学校では授業の配信ができず、仮に配信できても大半の子どもたちはそれを受けるためのデバイスを購入できなかったので、子どもたちの多くは長期間、学ぶ機会を失った。

そのため農村部では、この間も閉校せずに教育を続けた近所の「コウミマドラサ」に親が子どもを転校させた例が目立った。これは、公的な初等教育課程に従わずにアラビア語やコーランを中心に教える宗教学校である。平日の昼間に子どもが自宅やその周辺にいるよりよい、と親は考えたのだろう。しかしこのマドラサは公的支援を受けない代わりに情報公開もしないので、どれくらいの子どもがここに転校し、かつそこで就学を続けているのか、それともドロップアウトしたのか、まったく不明だ。また、転校もせずに小学校からドロップアウトした子どももいる。

コックスバザール県にあるロヒンギャ難民キャンプの様子

ちなみにバングラデシュでは、コロナ前は小学校でもすべての学年の児童は年次試験に合格しないと次学年に進級できなかった。しかし政府はコロナの最中この試験を取りやめ、日本のように自動で進級できるようにした。このことは必ずしも悪い面ばかりではないものの、バングラデシュの場合、そのために学校再開後の新学年の学習内容についていけない子どもが増加しており、その結果ドロップアウトが増えているのかもしれない。

繰り返すと、今日の児童たちの教育には大きな遅れが生じているだけでなく、学校からドロップアウトした子どもたちが、就業させられたり、児童婚を強いられたりしている。児童婚は、貧しい家庭の口減らしのためでもあり、隣国インドでもコロナの最中にこの増加が広く指摘された。こうした問題の詳細に関して、公式な統計が明らかにされていないことも、対応の遅れや不足を招くことになる。

このままでは、大事な基礎教育の一部を欠いた世代が社会に出ていくことになりかねない。

ダッカ市内の元はビハール難民キャンプだった地区の商店街の様子


大橋正明(おおはし・まさあき):聖心女子大学グローバル共生研究所招請研究員、恵泉女学園大学名誉教授、SDGs市民社会ネットワーク共同代表、シャプラニール=市民による海外協力の会シニア・アドバイザー、日本バングラデシュ協会副会長


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(18)オランダ

 

 

 

オランダ(人口約1747万人)

國森由美子

今回の原稿を書くにあたり確かめたところ、前回のレポートは、昨年2022年4月時点での状況についてでした。その後、筆者の住むオランダでは同年9月中旬に入国制限が撤廃され、外国からオランダに入国する際のチェックが不要になりました。そうはいっても、当時はまだまだ数種類のオミクロン株の変異種が流行っていました。

個人的な話になりますが、そんな中で11月中旬、筆者もとうとう感染しました。いくらか気の緩みがあったことも事実です。ひさしぶりに公共交通機関を利用し1日中外出していた日から数日後に発熱、簡易テスターで陽性判明、1週間ほど寝込みました。嗅覚異常があり、熱が下がるとひどい喉の痛みに襲われました。咳や呼吸困難はなく、幸い目立った後遺症もありませんでしたが、2冊の訳書のゲラ校正作業と重なってしまい、なかなか大変な思いをしました。

今年2023年2月末には、コロナ関連の義務・規制をすべて撤廃するという政府の発表があり、これは3月10日から実施されました。コロナ感染症自体が消滅したわけではないものの、感染しても重篤な症状になる例はわずかであるというのが主な理由です。もちろん、持病など健康上のリスクのある方に配慮して行動する、体調不良の場合には市販の簡易テスターを使って陽性だと判明したらきちんと静養する、屋内の換気を十分行うなどは、基本的に推奨されています。それから約3か月経った6月初旬現在では、パンデミック前とほぼ変わらない生活にもどったかのように見えます。

市場の立つ土曜日のにぎわい。見た目には、もうすっかりふつうですが……? 左奥はライデン市庁舎のカリヨン塔

政府の公表しているコロナ関連の統計を見ると、下水中のウイルス量の数値はかなり減っており、実効再生産数(「1人の感染者が平均して何人に感染させるか」を表す指標)は、0.7台となっています。ただ、過去のロックダウンの経験をふまえ、リモートワーク、さらにはZoomを併用してのイベントや会議などが行われることが以前よりも増えたのではないかと思います。Zoomは便利なツールではあるので、必要に応じて今後も活用されるのではないでしょうか? オランダでは友人や親戚どうしであいさつをする際に、左右の頬に軽くキスをし合う習慣があるのですが、個人的には、なんとなく今後は遠慮しようかなと思っています。

私事ですが、2020年から今年2023年にかけて筆者が翻訳を手がけたオランダ文芸書は3冊ありました。3冊とも無事に刊行され、いまは少しゆっくりしながら次の翻訳の準備を始めているところです。今年のオランダは、4月の気温が例年より低く、なかなか春らしくなりませんでした。そのせいもあったのか、心身不調でした。疲れもたまっていたのかもしれません。もしかしたら、これもコロナの後遺症なのかと心配になるほどでしたが、日がどんどん延びて明るい季節となり(6月3日現在の日没は21時55分)、体調も急速に回復し、ほっとしています。

先日は、パンデミックが始まって以来はじめて、アムステルダムのコンセルトヘボウへコンサートを聴きに行きました。わたしも時折館内ガイドの仕事をしているライデンのシーボルトハウス博物館主催の〈Japanmarkt(ヤパンマルクト)〉も、2019年5月以来4年ぶりに行われました。今回は飲食禁止でしたが、日本のクラフトやキャラクターグッズ、中古着物など、たくさんのテントのお店が並び、天候にも恵まれて大盛況でした。

休憩中に撮った1枚。演奏者にも聴衆にもマスク姿は見かけませんでした

今年が没後100年のオランダの文豪ルイ・クペールスの最新の評伝刊行記念プレゼンテーションもありました。わたしの訳書のうち1冊は、このクペールス著『慈悲の糸』(作品社刊)で、この記念の年に合わせて刊行されたものです。評伝の著者カロリーネ・デ=ヴェステンホルツさんにもお祝いに1冊謹呈し、大変喜んでいただきました。彼女もこの2年というもの、ずっと執筆していたことを知っているので、晴れて大々的な刊行記念パーティーが催されてほんとうによかったと思います。会場はハーグの由緒ある会員制社交クラブでした。

まだなにかと心配は尽きませんが、なんとかこのままCOVID-19が収束し、社会も落ち着いていきますように、あれこれ気を遣いながらでも、徐々に「ふつうの暮らし」といえる日々になっていきますようにと願わずにいられません。

ヤパンマルクト2023。シーボルトハウス博物館の前の運河沿いの通り

筆者は3年ほど日本に帰国しておらず、日本の入国制限がようやく撤廃されたので、そろそろ日本の家族(筆者にも筆者の夫にもそれぞれ老齢の母がおります)や親類に会いに行きたいと思っています。


國森由美子(くにもり・ゆみこ):オランダ語文芸翻訳者、音楽家。オランダ・ライデン在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(17)ネパール

ネパール(人口約2919万人)

山口七奈

ネパール政府が現在までに公表しているコロナ感染者数は、累計約100万人、死者数約1万2,000人とされている。この数は、報告可能な地域に限られているので、実際はもっと多くの感染者がいたと思われる。2022年3月5日には、カトマンズ盆地内の行動規制が撤廃され、第四弾のレポート(2022年4月)後の1年間の感染者は、毎月3桁以下を推移し、8月頃に一度5,000人台となったが、10月頃にはまた3桁以下に戻り、行動制限解除以前のネパールの状況と比べると感染者数はとても緩やかに推移していた。

現在では、各新聞のコロナ特設ページは消え、街中でのワクチン接種証明書の提示義務はなくなり、飲食店からアルコール消毒液がなくなった(残っているのは、一部の高級なレストランくらい)。一部のIT企業やNGO等では、在宅ワークが業務形態の選択肢として増えたケースはあるものの、大半の一般企業では会社に通勤することが一般的になり、オンラインではなく対面会議がほとんどになっている。また、腕ではなく手のひらでしっかりと握手し、マスクを着用する住民を見る機会も少なくなってきた。

2022年5月の観光地(バクタプル)の様子

街中では、体温検査よりも、飲酒運転の取り締まりの方が多くなった。伝統的な祭りや結婚式では、どんなに混雑していても、伝統やおしゃれが優先され、ほとんどの人がマスクを着用していない。行動規制期間中のようなピリついた空気はなくなり、ほぼコロナ前の状況に戻った印象である。しかし、住民のなかには、コロナによってマスクが習慣化した人々や、コロナ前から大気汚染対策としてマスクを日常的に着用していた人々もおり、意識的に移動時や混雑した場所などでマスクの着用を続けている。また、病院に限っては、医療従事者だけでなく受診する人も、コロナ前よりもマスク着用する人が多くなっている印象を受ける。

ソーシャルディスタンスに関しては、規制時以外は、コロナ前の距離感とあまり変わらないように感じている。もともと公共交通機関の中やスーパーのレジ待ちなどでも、ディスタンスゼロで、他人に触れてしまうような距離感になる状況が多いこの国では、距離を保つ習慣は身につかなかったのだろう。また、室内の家具の配置、乗り物や歩道等の規格が日本より大変狭く、他人と距離を保つことが物理的に難しいことも、習慣にならない大きな理由であると思う。

私は日本に帰国するために、2022年5月に3回目のワクチンを現地で接種することにした。日本政府が当時、入国時に認めていたワクチンを接種する必要があったのだが、どの施設で、どのワクチンが接種できるか、当日にならないと情報が入らなかったため、3件ほどの施設を巡った。しかし、最終的にたどり着いた施設では、待ち時間がなく段取り良く接種することができた(ネパールで「段取りが良い」ことは大変珍しい)。この頃までには、接種を希望するネパール人のほとんどがワクチンを接種していたため、外国人も含め、誰でも待ち時間なく接種できる状況だった。

ネパールで入手できる抗原検査キット(日本円で約500円)

2022年の8月から9月にかけては、ネパール全土の人々がデング熱に苦しめられ、2万8,000件以上の感染例が確認された。通常、デング熱はネパールの南のタライという熱帯地域で感染することが多かったのだが、気候変動の影響もあり、2022年のデング熱は主に中央部のカトマンズ盆地で感染が拡大した。デング熱に感染した人は、ベッドから動くこともままならないほどの関節痛や熱などにうなされ、長いときには1か月以上にもわたって症状に苦しめられる。この時期はよく「デング熱に比べると、コロナの方が症状は全然楽だ。絶対にデング熱には感染したくない」とよく耳にし、コロナよりもデング熱の方が恐れられていた。私の周りには、今までに数回コロナに感染した人も多く、コロナ感染に慣れたためか、デング熱ほどの危機感はコロナにはもうなくなっていた。コロナになっても、病院に行かず自宅で隔離するだけという状態に感染者もその家族も慣れていた。感染後、嗅覚や味覚の違和感を訴えていた人々はいたが、長期的なコロナの後遺症等はニュース等で大きく取り沙汰されることはなかった。

2020年以降、コロナで職を失って地元に帰ってきていた人々が、地方で農業などの家業に従事するケースが増えていた。しかし、2022年以降は国内外で行動規制が緩和されたことによって、より多くの収入を得る機会を求め、再び出稼ぎのために首都や海外に移住している。コロナ前(2019年)のネパールへの海外送金対GDP比率は約26%であり、ネパール国内の雇用促進、経済活動の繁栄はネパール政府の大きな課題の1つであるが、コロナという大きな出来事をもってしても、地方からの住民の流出は止めることはできなかった。

ネパールにかかわる者として、今後もネパールの発展に貢献し、雇用機会の地域差を減らし、ネパールの人々が地方で家族と幸せな生活が送れるようなサポートをしていきたいと考えている。


山口七奈(やまぐち・なな):特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン ネパール事務所長(https://peace-winds.org/activity/area/nepal)。建築家。ネパール・バクタプル市在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(16)アイルランド

アイルランド

 

アイルランド(人口約512万人)

石川麻衣

世の中がシフトするのを肌で感じたのは、今年の2月頃のことだった。その頃、街中のカフェで、知り合いの演劇人6人と鉢合わせた。ダブリンの街は意外と狭い。人と偶然会うことは珍しくないが、6人はさすがに多い。その時、長い夢から覚めたような、不思議な感覚に陥った。まだ終息とは言えないが、パンデミックの峠を越えたのかもしれないと感じた瞬間だった。

持病のある高齢者がマスクをしている姿は時折見かけるが、もうずいぶん前からアイルランドではマスクをする習慣はなくなっている。公共交通機関では必ずマスクをしていた私も、おのずと今年のはじめ頃から着用しなくなった。医療機関でのマスク着用義務も今年の4月半ばには解除されている。近所の女性たちは、コロナ禍について、「儚い夢のようだった」と語る。ソーシャルディスタンスは、跡形もなく消え去った。あらゆるコロナ禍の習慣が過去のものになりつつあるなか、残っているのはZoomとキャッシュレスくらいだろうか。Zoomは、会議やシンポジウム、また、私が参加している物書き向けの講座でも頻繁に使われている。最近では、従業員が雇用者に対してリモート勤務を要求できる法案が通ったそうだ。「ハイブリッド・ワーキング」が当たり前になりつつあるのだ。

また、先日、Fishambleというアイルランドの劇団が、アイリッシュ・アメリカ人劇作家とアイリッシュ・パレスチナ人劇作家の共作の戯曲リーディングを、ワシントンDCとダブリンの会場をネットで繋げてリモートで行った。大西洋を挟んで、別々の会場(観客あり)に待機する2人の役者は、画面を通して演技をする。これも、コロナ禍のなかデジタルを駆使して作品を発表し続けたからこその試みだろうか。

新緑に覆われたアイルランド国立ボタニカル・ガーデン

コロナ以後の印象的な出来事と言えば、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻後、難民の大量流入が引き金となり勢いを増している反移民デモだ。今年に入ってから、ダブリンだけで125回(2023年4月半ばまでの回数)反移民デモが行われたという。去年1年間では、300回以上にも及ぶ。「アイルランドは満杯だ」、「アイリッシュ・ライヴズ・マター(アイリッシュの命も大切だ)」などというスローガンを掲げ、今のところ勢いが収まる気配はない。現在、アイルランドは深刻な住宅危機に悩まされている。そこに難民危機が重なり、さらに深刻化した。2022年のヘイトクライムの数は、前年に比べて29%増加したそうだが、こうした風潮の根底にあるのは、レイシズムというより、住宅や医療のサービスが行き届いていない労働者階級の怒りのような印象を受ける。デモを先導している集団は「移民男性によって女性と子供の安全が脅かされている」などと、プロパガンダを使って脆い市民の心を煽り、多くの女性の支持を得ている。彼らは、コロナ禍に、ワクチン陰謀説を説いていた集団だという。

近所の一軒家に44名もの移民が住んでいるという話を聞いた。家の前に置かれたゴミ用のタンクはいつもゴミで溢れており、常にブラインドが下がっている。1部屋に何台もの2段ベッドが設置されているのだとか。それでも、家賃としてひとり月に約400~600ユーロ(約6~9万円)支払うというのだから、住居の需要の高さがうかがえる。

また先日は、難民のテントが反移民の人たちによって燃やされるという事件が起きた。難民宿泊施設の提供が追いついておらず、野宿をする難民も少なくない。私が住む通りには、ウクライナの難民女性に部屋を貸している人がいる一方で、反移民デモに参加している人もいる。人々の間で、ちょっとした分断が生まれているのかもしれない。

一方で、移民たちを歓迎する動きも確実に強まっている。少し前まで、アイルランド演劇界はほぼ白人一色だったが、最近はグローバル・マジョリティ(白人目線の「エスニック・マイノリティー」に代わって使われている言葉)を雇う努力があちこちで見受けられるようになった。

白鳥の家族

そんな世の動きを横目に、私は個人的にゴミ拾い活動をはじめた。以前ほどではないが、まだマスクが道端にちらほら落ちているのを見かける。コロナ前はマスクを購入するのさえ困難だったことを考えると、風邪予防として少しはマスクが定着しているのかもしれない。コロナ禍で自然のありがたみを知った私たちだが、路上に落ちているゴミの量を見ると、そんなことも儚い夢にすぎなかったのかと思える。

今ちょうど巣作りをしている白鳥は、プラスチックと葦の見分けがつかない。巣の中に、葦に紛れて赤いコカ・コーラのラベルがまぶしく光っていた。


石川麻衣(いしかわ・まい):通訳、英日翻訳家(主に演劇、芸術関係)、ナレーター。国際演劇協会会員。アイルランド・ダブリン在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(15)コロンビア

 

コロンビア(人口約5127万人)

ゴンサロ・ロブレド

南米コロンビアで最初に新型コロナ感染が確認されたのは、2020年2月でした。感染者は、当時ヨーロッパでもっとも感染が広がっていた拠点の1つであるイタリアのミラノから入国した19歳の女性でした。公式発表では、それから2023年5月までにコロンビアでコロナに感染した人の数は630万人、死亡者は14万2,748人にのぼりました。

「ボゴタでは、マスクはもはや私たち年寄りだけのものよ」と言うのは、コロンビアの首都ボゴタのチャピネロ地区で暮らす70代の女性グラディス・ゲバラさん。チェッピネロ地区には、イエズス会が運営するトップクラスの大学があり、学生向けの文房具店、書店、カフェなどが立ち並ぶ中流階級のエリアです。「この辺りの人の流れは、もうコロナ前と変わらないわ。マスク着用義務があるのは、市内の病院など一部だけ。それ以外の場所では、マスク着用は個人の判断となったし、街でマスクをしているのは高齢者ばっかり」。咳が出たり風邪を引いたりしただけでコロナ感染ではないかと疑って警戒する人は多いものの、コロナに対して恐怖を抱く人はほとんどいなくなったと言います。

パンデミックのレガシー

パンデミックがコロンビアに残したレガシーは何かとグラディスさんに尋ねてみたところ、彼女の答えは、「宅配食の増加」でした。消費者の習慣の変化のなかでもっとも目立つものの1つだそうです。コロナ前は、人々は外食を好み、レストランに宅配を依頼するのは必要に駆られた時だけでした。それが今は、「私がランチに行くレストランでは、週末は店内で食べるお客さんよりも、宅配を頼む人の方が多いそうよ」とのこと。外出をためらうことが減って、多くの人々が以前のようにカフェに集い、ショッピングを楽しむようになりました。一方で、ステイホームのままデリバリーで食品を注文することが、ニューノーマルとなったのです。

一方、看護師のマリア・フェルナンダ・モリーナさんにとってのパンデミックのレガシーは、より哲学的なものでした。彼女はコロナ患者を直接診ることはなかったものの、コロナ禍で「命のはかなさ」を実感し、人生観が変わったそうです。「ウイルスがもたらす多大なリスクに気づき、どうしたらより調和のとれた人生を送れるかと考えるようになりました。命を尊び、小さなことに価値を感じるようになったし、日常の普通の生活に感謝できるようになったわ」

教育に暗い影

新型コロナはラテンアメリカとカリブ海地域に特に甚大な被害をもたらしました。ユニセフは、ある調査で「健康、経済、教育のすべてが複合的に打撃を受け、この地域の人々は三重苦に見舞われた」と報告しています。

そのもっとも深刻な弊害の1つは、学校における欠席率の増加でしょう。パンデミック後、学校に戻りたがらない子供たちが大幅に増えました。多くの自治体は、教師による委員会を立ち上げ、子供たちの家を1軒ずつ訪ねて教室に戻るよう呼びかけるなどの対策をとっています。コロンビアでは、家計を支えるために幼少期から働くことを強いられたり自ら選択したりする子供たちが多く、義務教育から離脱してしまう問題は今に始まったことではありません。しかし、パンデミックはこの状況を明らかに悪化させました。

テクノロジーへのアクセスが困難な世帯の子供は、オンライン授業などに出席できないため、教育格差も広がりました。また学校の閉鎖による給食の休止が、子供たちの健康や栄養面にも影響を及ぼしました。

政治の大変動

前回のレポートでは、パンデミックで不安定な生活を強いられた国民から政権交代を求める声が高まっていると報告しました。支持率アップを図った当時のイバン・ドゥケ政権は、経済を活性化しようと消費税免税の日を数日設けました。多くの人が家電や衣類を買い求め、大衆へのアピールにはなりましたが、財政には貢献しない政策だったと、多くのエコノミストの反応は冷ややかでした。

その後、実際に政権がひっくり返り、2022年8月にはグスタボ・ペトロ政権が誕生しました。保守派の前大統領が、前代未聞の事態にうまく対処できず、コロナによる多くの死者を出して有権者を疲弊させてしまったことが、ペトロ政権誕生を後押ししたと分析されています。若い頃は社会民主主義のゲリラのメンバーだったペトロが、コロンビア史上初の左派の大統領となった歴史的政権交代です。

新政権になって約1年が経ちますが、ペトロ大統領も既存の政治や社会システムのなかで身動きが取れず、期待された成果は上げられていません。まだ希望を捨てていない国民の声に応えられるのか、今後の彼の政治に注目していきたいと思います。


ゴンサロ・ロブレド:コロンビア出身のジャーナリスト。スペイン語翻訳者。1981年より日本在住。スペインのエル・パイス紙に寄稿した記事:
https://elpais.com/autor/gonzalo-robledo/


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(14)スロヴェニア

 

スロヴェニア(人口約208万人)

木村高子

前回のレポートから1年あまりが経ちました。世界的なパンデミックもようやく終息しそうな気配で、もとの生活が戻ってきつつあるのは嬉しい限りです。

WHOからコロナの緊急事態宣言の終了が発表されたのは、先月のことですが、スロヴェニアではそれより1年前から、徐々に規制緩和されていました。2022年4月にはマスク着用義務が撤廃され、2022年5月14日以降、入店やホテル宿泊など、それまで日常生活のさまざまな場面で提示を求められていたPCT(回復証明[P]、ワクチン接種証明[C]、陰性証明[T]のいずれかの証明書)が不要となりました。

そして今年に入って4月1日以降、新型コロナウイルスも他の呼吸器疾患と同等に扱うことが定められ、ようやくすべての規制が解除になりました。今では街を歩くと、マスクを着用しているのは数十人に1人いるかいないかで、それも高齢者が多いように感じます。空港、そして医療機関でさえ、(外来では)マスクを着用している人はほとんどいません。現在では、新型コロナウイルスへの感染が疑われる場合は、自分でセルフテストを行い、自宅療養することが求められています。

数多くのレストランが参加して毎週金曜日に開かれるオープンキッチン。いつも混み合っています

今のスロヴェニアの様子ですが、完全にコロナ前と同じになりました。3年間中断されていた音楽祭などのイベントが再び開催されることになり、また観光客も戻ってきて、今年に入ってから、ここ数年姿を消していたアジア人の団体観光客もたくさん見かけます。観光ガイドの仕事をしている知人も、今年は予定がたくさん入っていると嬉しい悲鳴をあげています。

唯一の変化として、以前はマスクの着用者はそれだけで不審者扱いされかねなかったのに対して、今では着用していてもそういう見方をされなくなりました。また消毒液などを携行して手の消毒などをする人もいますが、そうした人でも、知人とハグしたり頬にキスしたりということに抵抗がなくなったようです。

一方で最近のニュースなどによると、コロナ禍の初期に高齢者施設で多数の方が亡くなったせいで、こうした施設への入居希望者が減少しているとか。また子どもたちや学生のなかには、リモート学習の方が性格的に合っていたというケースもあり、そうした人たちは再び始まった対面式の授業に苦労しているようです。社会が再び機能しだしたことで、かえって生きづらさが増してしまうケースがあるのだとすれば、残念なことです。勤務形態としては出社だけでなくリモート勤務も定着し、またZoomなどによるオンライン会議は今後も活用されると思われます。

毎年5月中旬に開催される、高校最終学年のための集会。お揃いのTシャツを着て、スロヴェニア各地で一斉に踊ったりして、1日を目一杯楽しみます

この3年間、否応なしに導入された、生活におけるさまざまな選択肢を今後も上手に利用して、より柔軟な社会を実現していきたいものです。


木村高子(きむら・たかこ):英語・フランス語・スロヴェニア語翻訳者。スロヴェニア・リュブリャナ在住


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(13)アメリカ

 

アメリカ合衆国(人口約3億人)

N.K.

今年5月5日に世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症に関する「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」の終了を発表し、それに続いてアメリカでも5月11日に新型コロナウイルス感染症に関する国家非常事態宣言が解除された。これまでこのレポートシリーズで報告してきたジョンズ・ホプキンス大学による新型コロナウイルス感染者数のデータ収集と報告業務もすでに今年3月10日で終了しており、日常生活においてはもはやコロナ禍ではないと感じさせられる。

コロナ禍以前の生活に戻りつつあるものの、アメリカは世界最多のコロナウイルス感染者数を記録した。WHOの報告によると、2023年5月23日現在のアメリカ国内の感染者は累計1億343万6,829人、死亡者数は112万7,152人となった。最近では感染状況も落ち着き、また感染しても症状が軽く、検査をせずに自宅療養で完治するケースも少なくないため、実際の感染者数はもっと多いのだろう。

新型コロナワクチンについては、現時点で人口の約81%が1回目を、約70%が接種完了とされる2回目を接種しているが、3回目のブースター接種は約17%に留まっている。今でもワクチン接種を促すポスターなどを目にすることはあるが、話題にのぼることはほぼないように思う。

昨年2月、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)はコロナウイルス感染対策のガイドラインを簡素化して、各州の群単位で感染状況に応じた3つのリスク段階(Low, Medium, High)に分類した。リスクが低い(Low)地域では、マスクの着用は個人の判断によるが、公共交通機関ではマスクの着用を推奨、自治体によってはマスクの着用を義務付けられる場合もある。リスクが中程度(Medium)の地域では、免疫障害等のある人は屋内でのマスクや呼吸器を着用し、また、感染した場合に重症化する可能性のある人と接触する場合には事前に感染検査を受け、室内で一緒にいる際にはマスクの着用を検討するよう推奨。リスクが高い(High)地域では、屋内ではマスクを着用し、重症化する可能性のある人は感染の可能性のある場での不要不急の活動を避けるよう推奨。しかし、ここ1年ほどは一時期の爆発的な感染も見られず落ち着いた状況が続いており、ほぼアメリカ全土でリスクが低い状態が続いている。

ウイルス感染が広がり始めた2020年3月、私の勤める大学でもリモート授業に移行したが、一部の授業を除き、翌年8月末の新年度からは対面授業に戻った。当初はマスク着用、パーテーションの設置、机の除菌などの対策を徹底していたが、2022年3月にはCDCのガイドラインに沿って大学でも屋内でのマスク着用が任意になり、その頃には私たちの感染対策への意識も以前ほどの緊張感はなくなっていたようだ。同年8月には大学がある地域は再びリスクが高い(High)とされ、屋内でのマスク着用、及び、キャンパス内の寮に入寮する学生のPCR検査が求められたが、すぐにまたリスクが低い(Low)状態に戻り、それ以来マスク着用も個人の判断となっている。

現在、スーパーなどではソーシャル・ディスタンスを促すサインなどが貼られたままになっているところもあるが、実際に気にしている人はいないようだ。屋内の人数制限や店舗の営業制限なども特にない。アメリカではもう屋内でもマスクをしている人はほぼいない、と日本では報道されているようだが、 実際にはマスク着用者はさほど珍しくない。地域にもよるが、特にバスなどの公共交通機関では、マスクをしている乗客や運転手をよく見かける。娘の通う高校ではマスクをしている生徒はほとんどいないそうだが、大学の教室では今年に入ってもマスクをしている教員や学生は少数だがまだいる。

毎年4月ごろ、変わらずきれいな花を咲かせるヒメリンゴの木

日常生活では、コロナ感染が広がり始めた当初の行動制限はなくなったが、職種によってはまだリモートワークを続けている人も少なくない。私の大学でも、週に数日在宅ワークをしている事務職員が多い。また、通常の学期は対面授業をしているが、5月に始まったサマープログラム(夏季講座)のなかには、オンラインで開講されているものもある。大学付近のアパートや寮に滞在しなくても授業を履修できるという利点を活かして、自宅から履修できるリモート授業を希望する学生がある程度いるということだろう。また、教員同士のミーティングや学生への個別指導や相談への対応なども、私自身、時間を効率的に使えるなどの便宜上、場合によってはオンラインでの対応を続けている。コロナ禍でやむなく始めたオンライン形態での働き方・学び方も、今となっては選択肢が増えることに繋がったようだ。

前述のとおり、今年5月11日にアメリカで新型コロナウイルス感染症に関する国家非常事態宣言が解除されると、アメリカに入国する外国人に対するワクチン接種証明の提示も不要になった。同時に、ウイルス感染拡大を理由に2020年3月に発動された「タイトル42」と呼ばれる入国規制も解除され、今後しばらく中南米からの移民が殺到することが予想されており、当面は難しい対応を迫られそうだ。


N.K.:大学講師。アメリカ東部在住


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(12)マダガスカル

 

マダガスカル(人口約2697万人)

フランス語情報センター翻訳チーム(中平信也、脇るみ子)

WHOの新型コロナ「緊急事態宣言の終了」をうけて、マダガスカルの最近の様子をお伝えしたい。

まずは、コロナウイルス感染状況から。今年5月中旬にマダガスカル公衆衛生省が発表した最新(5月13~19日の1週間)の感染状況は次のとおり。

  • 新規感染者数:15人(検査者総数:253人、陽性率:5.9%)
  • 新規死亡者数:0人
  • 重症者数:0人

最近は、感染者が少なく死者がゼロの傾向が続いている。

次に、WHOのデータをもとに、コロナ発生からこれまで(2023年5月23日まで)のマダガスカルのコロナ禍に関する統計を見てみよう(ワールドデータ・インフォより)[※クリックすると別サイトが開きます]。

  • 感染者総数:68,266人(国民の0.25%相当)
  • 死亡者総数:1,424人
  • コロナ罹患者の死亡率:約2.1%

さらに、同じくWHOのデータから、マダガスカルのワクチン接種については以下のとおり(2023年5月7日までの統計)。

  • 初回ワクチン接種者数:2,570,000人(接種率:9.3%)
  • 2回目ワクチン接種者数:154,441人(接種率:0.6%)
  • ミスを除いた有効ワクチン接種者数:2,490,000人 (接種率:9%)
  • マダガスカルの接種率は世界最低レベルである

そして、日本と比較するために、日本の状況に関するWHOのデータ(2023年5月24日まで)を見てみよう。

  • 感染者総数:33,803,572人(国民の28%相当)
  • 死亡者総数:74,694人

日本とマダガスカルを比較すると、奇妙なことに気づく。国民全体に占める感染者総数の割合(コロナ感染率)が、ワクチン接種率が世界最低水準といわれるマダガスカル(0.25%)よりも、初回ワクチン接種率が80%超の日本(28%)の方が圧倒的に高いのだ。さらに、人口が約5倍の日本の死亡者総数はマダガスカルの52倍にも上るのだ(*)。WHOの提言をよく聞く「優等生」日本よりも、あまり聞かない「劣等生」マダガスカルの方が成績が圧倒的によいのである。

ワクチン接種がコロナ感染防止に有効であるというWHOの見解が正しいとすれば、上述の「優等生」と「劣等生」の成績逆転をもたらした原因を考える必要がある。思い当たるのは、マダガスカルには65才以上の老齢者が少ないことだ。

国連経済社会局の「世界人口推計2019年度版」[※クリックすると別サイトが開きます]によると、マダガスカルの平均寿命は66歳なのだ。そして、コロナ感染が重症化しやすい65歳以上の高齢者は、人口100人あたり、日本の28人に対しわずか3人である。

つまり、総人口に占める65歳以上の高齢者の割合は、日本がマダガスカルの9.3倍である。その分だけ、日本はマダガスカルよりもコロナに脆弱といえる。少なくとも、ワクチンを受けたか受けなかったにかかわりなく、日本の人口構成の老齢化がコロナに罹患しやすくしていたのだろう。

しかしながら、結局は「罹った人の数」と「治った人の数」をベースとする医療統計だけでは、現状を十分に解釈できないのだ。今回は上記の人口動態統計で補完したが、「優等生」と「劣等生」の逆転の理由は、初回で報じた薬草アルテミシアのマダガスカル人による摂取など、まだ他にもあるかもしれない。

コロナの予防や治療に伝統的な薬草かと失笑するのは早計である。何故なら、今日もっともポピュラーな抗がん剤の1つに挙げられるエトポシドは、メギ科の植物の結晶性成分であるポドフィロトキシンを原料とし、1966年に合成された抗悪性腫瘍剤なのである。他にも、針葉樹のセイヨウイチイの成分からは「パクリタキセル」や「ドセタキセル」が、また落葉樹の高木カンレンボクの成分からは「イリノテカン」「ノギテカン」が作り出され、肺癌や大腸がんの化学療法の第一選択薬として日本の臨床現場においても高い支持を得ている。

マダガスカルでは、コロナに関係なく人口の増加が社会問題となっている。ちょうど上記の人口動態統計に各国の人口推移の推算が掲載されていたので、その抜粋を以下に紹介する。

マダガスカルの人口は、増加の一途をたどり、今世紀末には日本を追い抜くと予想されている

ここで人口統計から離れ、最近のマダガスカルの庶民の生活を紹介したい。

1月初旬の国家統計局(INSTAT)の発表によると、マダガスカルでは以下のとおり消費者物価が上昇している。

  • 2022年(21年11月~22年10月)消費者物価上昇率は10.8%。
  • その内訳は、生活必需品:8.7%、米価:5.6%、家内用品・電気料金:34.5%、運賃・輸送費:20.8%、石油製品を含むエネルギー価格:13.9%、既成食料品・ノンアルコール飲料:12.4%、通信費:0.6%、医療・健康関連費:7.3%

今回の発表では、電気料金と運賃・輸送費の値上りが突出している。また、エネルギー価格の13.9%という上昇も、非産油国のマダガスカルにとっては、消費者物価を押し上げる大きな要因となっている。

エネルギー価格はウクライナ紛争が解決しない限り下降することはないだろうが、ロシアのウクライナ侵攻から1年にあたる今年2月24日に国連総会においてロシア軍の即時撤退を求めるとともに軍事侵攻を非難する議事に対し、マダガスカルは賛成票を投じている。しかしロシアの軍事侵攻を非難する2022年3月2日の国連総会決議ではマダガスカルは「棄権」にまわっていた。今回の「西側主導の正義」への賛成がマダガスカルの物価に悪影響を与えないことを祈りたい。

物価上昇の発表の後の1月下旬にはサイクロン・シュヌソーに、2月には同フレディに見まわれた。南部の干ばつはかなり解消されたが、いずれのサイクロンも10人前後の死者をもたらした。昨年2022年には4つのサイクロンが襲来した。うち1つは100人近い死者をもたらしたので、今年は去年よりは被害が少なかったといえよう。

3月になると、干ばつで痛めつけられた南部でバッタが大量に発生した。この頃は毎年のようにバッタが大量発生する。

3月にはまた、マヨット島への不法移民の渡航失敗が大きく報じられた。マヨット島への不法入国者47人を乗せた小型船が沈没し、22人が死亡したという。報道によると、2022年の1年間でマヨット島に不法入国して同島で国外退去処分となったマダガスカル人は503人。マダガスカル人の多くが、マヨット島に上陸できれば、フランス本国へわたる道が開け、マダガスカルよりも容易な現金収入の道があると考えている。

アフリカ大陸の若者は、自国に夢を持つことができずに、大西洋や地中海をわたって欧州にたどり着こうとしてきた。そして、その多くが途上の大西洋や地中海で海の藻屑となってきた。マダガスカルの場合、一番近い欧州は、モザンビーク海峡に浮かぶフランス海外県のマヨット島である。マダガスカルの若者にとって、モザンビーク海峡が海の墓場にならないよう祈りたい。

*マダガスカルの2019年の人口は2696万9,000人。人口1億2,686万人の日本がマダガスカルの人口と仮定すると、日本の死亡者数はマダガスカルの約11倍の1万5,892人になる。


株式会社フランス語情報センター翻訳チーム:代表の中平信也(なかだいら・しんや)とパートナーの脇るみ子(わき・るみこ)で運営。どちらも日本在住のフランス語通訳・翻訳者。マダガスカルと日本のあいだを定期的に往復している


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(11)イタリア

 

イタリア(人口約6036万人)

アヤ・ナカタ

コロナ禍が残したもの 北イタリア

トリノ大学では、今年度の始まり(2022年9月)からマスクの着用とリモート授業の義務はなくなりました。マスクで授業をするのはとても苦しかったので、その義務がなくなったとたん、わたしはマスクなしで授業しています。年度初めの頃は、マスクをつけている学生を見かけましたが、今では珍しくなっています。

留学が解禁になったため、それまで足止めされていた学生たちが「先生、今日がわたしの最後の授業です」と言って、日本へ向けて次々に飛び立っています。3月に出発することになった学生から、「日本でもマスクの着用義務はなくなったようですが、ニュースなどを見るとマスクをしている人がかなりいるようです。マスクをしなければいけないのでしょうか?」という質問を受けました。そこで、「日本はマスク大国で、コロナ以前からも多くの人たちがマスクを使っています。花粉症を患っているとか、理由はいろいろあります。ですので、それほど気にする必要はないとは思いますが、日本は同調圧力が強いので、みんながマスクをしている場所であなただけがマスクをしていないと白い目で見られる可能性もあります。嫌な思いをしないですませるという意味で、周りの状況を見て、その場その場で臨機応変に対処してはどうでしょうか」と答えました。

ソーシャル・ディスタンスに関しては、もはや考慮ゼロだと思います。東京のような過密なラッシュはありませんが、地下鉄やバスはかなり混んでいることもあります。最初のうちは「座席に一つ置きに座る」などという配慮もありましたが、今ではなくなりました。

レストランなどは元通りに営業しており、今まで以上に混んでいるようで、平日でも予約が必要との声もあります。コロナ禍に耐えられず、消えていった店が多々ある反面、新たに開店する店もまた、たくさんあります。コロナの疑いがあっても隔離義務も検査義務もなくなっています。「自主隔離します」という声ももはや聞かなくなりました。

ポルタ・ヌオーヴァ駅にあるヴェンキ(チョコレート屋)がジェラートを始めていました

ヴェネツィアでは、コロナ禍の間、観光客がまったくいない状態が生まれました。そのおかげで住民たちは「かつてのヴェネツィアの静かな暮らし」を取り戻し、「もう観光客ラッシュはたくさんだ」と思うようになったそうです。そのせいか、入場制限や入場料制度が始まる、というような話も耳にします。

さらに、人と出会ったときに、今までよりも一歩離れて対話しているような気がします。イタリア式の頬にキスをする挨拶ではなく、握手ですませることもあります。イタリアには老若男女を問わず心配性の人も多いので、そういう人たちはコロナ後も他者と距離をとっているように思われます。実際の距離ではなく、心理的に人間関係に距離ができたという人もいます。たとえば、あるツアーコンダクターは、コロナ後のクライアントは、いままでのように「ざっくばらん」ではなくなっていて驚いたと言っていますし、オフィス勤めの女性も同僚との関係が微妙によそよそしくなったと感じているようです。

「なぜだと思う?」と訊ねたところ、「コロナで隔離生活を強いられ自分とばかり向き合っているうちに、世界が自分中心になってしまったのではないか」という答えでした。自分は気にしないけれど、「コロナのせいで神経質になってしまった人を煩わせたくない」という優しさから、挨拶の仕方などでも一瞬戸惑い、一歩引いてしまう人もいるように、わたしは感じます。抱き合って挨拶する習慣を持つ人たちが長い間、顔を合わせることすら許されなかった生活を強いられ、心理的な打撃を受けたことは否めません。

オンライン授業に慣れてしまい、授業に出席しづらくなっている学生もいるようです。「人間恐怖症」的な人はつねにいますが、コロナ禍で助長された部分があるかもしれません。

フェルトゥリネッリ(本屋チェーン)で見つけたマイボトル

リモートワークに関しては、部署(職種)によって違いますし、一概には言えませんが、週の半分くらいはリモートという人もけっこういます。2年くらい前からスマートワーキング(テクノロジーを駆使し、仕事とプライベートのバランスをとりやすくする働き方。ex: リモートワーク、フレックスタイムなど)に切り替え、「会社には一切行かない」という人も。さらには、オフィス自体が消滅し、スマートワーキング・オンリーになったという会社もあります。スマートワーキングを選んだ人の中には、自分の好きな土地(山や海)に引っ越し、より快適な生活を手に入れたという話も聞きます。

会議のための出張がなくなったという話もあります。会議自体は短いのに時間をかけて家と職場を往復するという非効率的なことをしていたが、そういったタイプの会議はすべてオンラインでの打ち合わせに切り替わり、研修会など、対面でやったほうがいいことだけは出かけていくのだそうです。オンライン会議、スマートワーキングは、雇う側にも働く側にもそれなりのメリットがあるため、今後も続きそうです。

大きな会社の場合、100人単位のオンライン合同会議に切り替わったせいで、地方や海外の同僚と知り合うチャンスがなくなり、ちょっと寂しいという声も聞きます。「無駄」を省くことで会社のサバイバルはうまくいっても、人間関係は希薄になるというデメリットもありそうです。

わたしが肌で感じるのは、コロナ禍のことよりもウクライナ戦争のあおりですかね。ガスや電気代の大幅値上げがあり、小麦、ひまわり油の価格も高騰し、その結果、パンや野菜などもじわじわと値上がりしています。そのせいで一般市民にとっては、厳しい生活がこれからも続くと思われます。


アヤ・ナカタ:日本語教師。1987年イタリアへ移住。トリノ市郊外のコッレーニョ市在住


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(10)中国

 

中国(人口約14億人)

高希

今年5月5日、世界保健機構(WHO)はようやく新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言の終了を発表しました。とはいえ、多くの中国人は新型コロナによる緊急事態は2023年2月にすでに終わったと感じているでしょう。なぜかというと、中国の防疫措置は去年の12月に一気に大緩和され、そのあとの2ヶ月間で中国の人口の約80%が新型コロナウイルスに感染したからです。

2022年12月まで、中国は世界で一番厳しい防疫措置を実施していたと言えるでしょう。「ゼロコロナ」という政策によって、人々の日常生活や移動は厳しくコントロールされていました。例えば、マンションや団地の中で感染者が一人見つかると、そこに住む全員に行動制限が課せられ、週に3回PCR検査を受けることで他の感染者を全員洗い出すという措置がとられました。クラスターが発生すると、感染者数によっては区や市のロックダウンも実施されていました。

このような厳しい措置が実施された結果、ロックダウンによる食料不足、医療逼迫、企業活動の停止などの問題が相次ぎました。人々はそうした状況に耐えられなくなり、町中やネット上で「ゼロコロナ政策」に対する反発も強まっていきました。これを受けて、12月7日には「ゼロコロナ政策」は大幅に緩和されました。予告なしの急な政策大転換だったため、薬局の咳止めや解熱剤はすぐに売り切れ、感染者の多くは助け合いながら薬をシェアして感染期を乗り越えました。医療機関にも感染者が殺到して、病床がなく医者や看護師が足りないといった深刻な問題も発生しました。私自身も感染しましたが、幸いなことに解熱剤を事前に用意していたので何とか耐えられました。総人口の80%が12月から感染したため、中国人にとって、国内の新型コロナウイルス感染はその時期に爆発的に広がってから終焉を迎えたというイメージが強いです。

ゴールデンウィークに賑やかな観光地。1人当たりの消費額はコロナ前より20%下がったという

現在(2023年5月)、私の周りには2度感染した人もいて、ニュースによると全国でもまた感染者数が増えているようです。しかし、周りの感染者のなかには高熱が出る人は少なく、症状はだるさと咳だけなので、みんなあまり注意を払っていないようです。PCR検査で陽性であっても隔離は必要とされていないため、ほとんどの人はリモートワークもせずに、風邪薬などを飲むだけで会社に通ったりして、普通に生活しています。

コロナ後の日常生活での変化といえば、町中でマスクを着用する人が以前よりはるかに多くなりました。私自身は、咳が出るときや周りに咳をする人がいるときにはマスクをしようという意識が定着しました。そのほか、コロナ前は自由に出入りできた大学が、いまでは学生カードや教員カードなしでは入れなくなりました。日常生活にはあまり支障をきたしませんが、学問の自由を追求する大学に自由に入れないというのは、なんとなく違和感があります。

一番大きな変化はやはりコロナ後の景気回復の鈍化です。中国ではリストラのニュースがネット上で相次ぎ、若年層の失業率は今年の4月には20%を突破し、過去最悪を更新しました。そのため、人々は経済低迷が長引くと予想し、借金や消費を控えているそうです。同時に、中国は日本と同じように少子高齢化がますます深刻化し、新生児も年々少なくなって、なんとなく日本の「失われた30年」の前夜に似た雰囲気が漂っているようです。

40年間の高度成長期を経てきた中国人は、経済が減速している時代をいかに生き抜くのかについては未経験です。パンデミックで生まれた焦りや未来への不安は、コロナの終息によってなくなったというより、一層深まった気がします。日常生活は以前に戻ったにしても、心のなかで日常と安定を取り戻すには、まだまだ先が長いと思います。


高希(こう・き):中日・中英翻訳者。中国南西部の四川省成都市在住