コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(9)ルワンダ

ルワンダ(人口約1230万人)

吉田拓

ルワンダにとってのコロナの終わりと新しい時代の始まり

WHOのコロナ終結宣言に先立つ2022年5月14日、ルワンダ政府は「野外でのマスク着用は必要ない」と発表しました。事実上、ルワンダにとってのコロナ禍はこの時に終わり、ルワンダ人は「アフター・コロナ」の社会をつくりはじめたといえます。

2023年5月末現在、ルワンダで日常生活を送るにあたって、コロナ関連の規制も義務も習慣ももはやありません。人々は、すし詰めのバスに乗りこみ、バイクタクシーに2人乗りし、ひといきれのする市場へ出かけ、物を売り、買い、レストランで食事をし、酒場やクラブで踊りを楽しみ、教会で思う存分に讃美歌を歌っています。まったくマスクをせずに。

リモートワークも思ったように普及しなかったようです。仕事とは、「何かを期限内に達成するのではなく、同僚と上司のそばにいる状態をつくること」という労働価値観はコロナ禍では崩れませんでした。2021年、マスク有りなら出勤しても良い、とルワンダ政府が発表してから、事実上、オフィスワーカーは全員出勤していました。

社会全体が大きく変わらなかった理由は、社会的、経済的な理由があるのだと思います。社会的な理由としては、欧米の個人主義的な価値観と違い、「共同体の中にこそ、自分の立ち位置がある」というルワンダ人の社会観がコロナ禍のインパクトよりも強固であったことが挙げられます。自分の立ち位置を与えてくれる集団と一緒にいるからこそ、ルワンダの人々は生きていけるのです。

これに関係して、経済的な理由も挙げられます。一部の特権階級を除き、ルワンダの庶民は、土壁、トタン屋根の小さな家に複数の家族で住んでいます。家の中は密集しており、1人でいられるスペースがないので外に出ざるを得ません。また、マスクを外すことへの抵抗がなかった、というよりも、そもそもマスクを持っていなかったということも挙げられます。2022年10月に私たちが村落部で実施した調査によると、1世帯あたりマスクを3枚弱しか持っていなかったことがわかりました。1世帯あたりの平均人数は4.5人ですから、長期間、数枚のマスクを家族で共有し続けていたことになります。

それでは、変わったことは何かというと、コロナ禍を機に、ルワンダ政府の統制が強くなり、国民も積極的に統制を支持していることです。従来から政府の統制は強いとされていましたが、外出時間、宗教的行事への参加人数、移動範囲など、コロナ禍の統制は広範囲におよび、それを批判できない環境にありました。結果的にルワンダ政府の統制は、国民にとって強いリーダーシップの成功例として受け入れられています。大統領のTwitterは、賛辞する国民のフォロワーで溢れています。

つまり、コロナ禍で社会や経済は大きく変わらず、政府がより「大きく」なったと言えるのかもしれません。

最後に、コロナ禍をルワンダの人々が乗り切ったかなと初めて思った時のエピソードをご紹介して筆を置きたいと思います。

2021年9月、葬儀、婚礼以外の宗教的な催しが少人数ながら再開されたときのことです。ある夜、近所の教会から久しぶりにマイクを通して歌が聞こえてきました。男性が1人で、気持ちよさそうに歌っています。伴奏がなく、音程がずれており、上手な歌い手ではないのですが、熱心に歌っていることはわかります。しばらくして、彼がAmazing Graceを歌っていることに気づきました。久方ぶりに友人たちが集う教会で、再び歌えるようになった喜びに満ちていることがわかりました。私も、仕事の手を休め、静かに聴き入ってしまいました。朴訥で、感謝の気持ちと前に進む意思に満ちた歌声でした。

ルワンダには1万5,000のキリスト教の教会があるとされています。公立の小中高を合わせても約4,000校なので、圧倒的に教会の数のほうが多いです。市井の人々は、友人たちと繋がり、歌い、善意に満ちた話を聞いて、精神的な充足を得ながら倹しい暮らしを続けています。コロナ禍で礼拝に行けなかったことが彼らにとってどれだけの精神的な負担となっていたか、再び礼拝に戻ることがどれだけ喜びに満ちたことであったか、想像に難くありません。

あの、味わいのあるAmazing Graceこそが、ルワンダ庶民の力強い「アフターコロナ」の始まりだったと思います。

全世界の皆さんが平和に暮らせますように!


吉田 拓(よしだ・たく):国際NPOに勤務


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(8)フランス

 

フランス(人口約6706万人)

野村真依子

フランスでは、2023年2月をもってコロナ関連の規制はほぼなくなりました。感染者の隔離、濃厚接触者の検査、マスク着用などの義務も、もうありません。最後まで残っていた医療従事者のワクチン接種義務も、つい最近、5月に入って解除されたので、ワクチン接種を拒否して停職になった医療従事者が仕事に戻れるようになりました。それまで多くの場合は無料だったPCR検査と抗原検査も一部自己負担に変わり、感染した場合に初日から休業補償が支給されていた特別措置も終了。薬局前の検査用テントも畳まれ、お店や窓口に設置されていたプレキシガラスの衝立も、気づくと姿を消していました。昨年からすでに、実生活でコロナの影響を感じることはほとんどなくなっていて、強いて言えば医療機関でのマスク着用義務ぐらいでしたが、今回の規制解除をもって正式にコロナは過去のことになったと言えそうです。

もっとも、マスク着用義務はなくなりましたが、「マスク着用推奨」の表示は残っています。そのせいなのか、それともコロナ禍で単に癖になってしまったのか(?)、いまだにほんのわずかながら、マスクを着用している人を見かけます。混雑したメトロの1車両にひとりふたり、道行く人のなかにちらほら……という程度ですが、まれに「風邪をひいているので」とマスクをする人もいます。スーパーの「マスク&消毒グッズ」コーナーもまだ健在です。そもそもコロナ以前は、(風邪や花粉症であっても)医療従事者を除いてマスクを着用するという発想自体がなかったフランスで、この変化は注目に値すると思います。

薬局入口の「マスク着用推奨」の張り紙(2023年5月)

リモートワークについてはきちんとしたデータが見つからなかったのですが、大都市を中心に、(週に少なくとも数日は)在宅で仕事をする人が以前よりも増え、選択肢のひとつとして定着したと言われています。複数のアンケート調査でもリモートワークに対する肯定的な意見が多く、労働効率が低下するどころか高まるという声も上がっています。最近では、交通機関のストライキが予定されている日には、「できれば自宅で仕事をしてください!」という呼びかけが聞かれるようになりました。

医療機関のオンライン予約サイト「Doctolib」でも、コロナとともに登場した「対面での診療」か「ビデオ通話を使ったオンライン診療」かを選ぶ欄がそのまま定着しました。オンライン診療で事足りるケースは限られるかもしれませんが、移動の手間やただ順番を待つだけの時間が節約できるのは助かります。

その一方で、おしゃべりをするときの距離の近さとしゃべる勢い(唾が飛んでいます!)や、あいさつ代わりにキスやハグをするといった習慣はまったく廃れることなく、ソーシャルディスタンスが叫ばれなくなってからはすっかり元どおりです。このような習慣は、日本に比べて欧州で感染が急拡大した原因のひとつだったと思いますが、ちょっとやそっとでは変わらないようです。

晴天のパリ(2023年5月)

コロナ禍は、思い出としてはまだ色あせていませんが、日常の話題はもっぱらロシアのウクライナ侵攻や物価の高騰といった世界共通のトピックのほか、年金改革をめぐるストライキやデモ、例年以上に早い山火事の発生や水不足注意報といった国内の諸問題に移り変わっています。工事だらけで通行止めや不通が頻発しているメトロや道路を見ては、来夏のパリ・オリンピックに間に合うの?と心配になり、夏休みをどう過ごすかという話題が盛り上がれば、物価高にもかかわらずフランス人のバカンスにかけるエネルギーは衰えないなと感じ入る日々。夏休みは長い(長すぎる)ので我が家も出かけますが、とりあえず今年は持ち物リストにマスクを入れなくてもよさそうです。


野村真依子(のむら・まいこ):英語・フランス語翻訳者。フランス在住


 

コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(7)スペイン

スペイン(人口約4694万人)

米田真由美

スペインには再び以前のように活気にあふれる日常が戻ってきました。そして、コロナ後の社会生活には多くの変化がありました。

まずはマスクの使用についてです。コロナ前には考えられなかったマスクの日常使用が一般的になりました。規制緩和によってマスクの使用は一部、医療機関等を除いて義務ではなくなりましたが、マスク着用の意義は浸透しており、違和感なく受け入れられるようになりました。

また、コロナの副産物としてオンライン化が進みました。リモートワークやオンライン学習が一気に広がり、対面で行われていたイベントや仕事もオンラインで行われるようになりました。これはポジティブな変化であり、選択肢の幅が広がったことを意味します。しかし、高齢者など一部の人々にとってはスマートフォンの利用が必須となり、課題も残っています。

さらに、働き方や生活に関わるサービスも変化しました。会社によっては完全出勤や一部リモートワーク、完全テレワークなど、さまざまな就労形態が存在しています。また、スペインは気候が良く、生活費が比較的安いため、外国からのノマドワーカーやワーケーションを受け入れる動きが活発化しています。

ビーチにあるカフェでノマドワーク

スペインはもともと観光大国ですが、コロナ後は外国からのノマドワーカーや観光客の受け入れ、さらに企業誘致に力を入れています。その成果として、コロナ後の渡航制限解除で国内外からの観光客は急増しました。しかし、その一方で賃貸アパートや学生用シェアフラットの多くは民泊(バケーションハウス)へ転換され地元市民や留学生向けの物件の供給が激減、家賃が高騰するなど、厳しい住宅事情が続いています。

また、コロナ後まで定着した変化としてデリバリーフードサービスが挙げられます。オンライン・デリバリーサービスは急速な成長を遂げ、一般家庭でも利用されています。しかし、これからも変化は続き、一部のサービスは形を変えたり淘汰されたりするでしょう。

もし再び、新型コロナウイルスのようなパンデミックが起きたら、スペイン社会はどうなるのでしょう?

スペイン人に尋ねてみましたが、彼らは明るく「今を楽しむことに集中しよう!」と答えます。コロナで辛い経験をした人々は涙を流したり悲しんだり助け合ったりしましたが、いつも明るさを失わず、喜びを共有しました。パンデミックが教えてくれたことはたくさんありますが、スペイン人の明るさは私たちに希望を与えてくれました。

活気の戻るイースター

パンデミックが終息しても、半世紀ぶりの世界的インフレによる生活費の高騰という新たな困難が存在しますが、それにもめげずにスペイン社会は前に進んでいます。

生きることを楽しむ、皆で共に生きる。それがスペインでの生活であり、私たちの未来への希望です。今、コロナ後のスペイン社会は明るさと変化が織りなす未来に向かって進んでいます。

地元民と各国からの観光客でにぎわう春先のビーチ


米田真由美(よねだ・まゆみ):スペイン・アリカンテ在住のコーディネーター・通訳者。アリカンテ大学語学教育センター勤務


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(6)モザンビーク

 

モザンビーク(人口約3000万人)

森本伸菜

新型コロナウイルスによる規制がほぼなくなってからかなりたちます。いったいいつまで規制があったのか、このブログに載せたレポートを読み返さなければなりませんでした。

私たちのレストランと小さな宿B&Bの営業がコロナ以前に戻ってから、もう1年以上になります。国境の規制もほぼなくなっていましたが、正式にすべてが解除されたのはつい2、3週間前です。昨年からほとんどの場合、入国時にワクチン証明または陰性証明の提示を求められることはありませんでした。ですが、つい一か月前に会った観光客は飛行機の搭乗時にワクチン証明提示を求められたと言っていました。多分、機嫌の悪い担当者に当たったのでしょう。しかし、今ではそれも完全になくなりました。

日曜日の海岸に人々が戻っています

そのようにすべての規制は解除されましたが、薬局と病院の入り口にはマスクをするように、という張り紙があります。しかし、マスクを持って歩く人はもういないので、近くの薬局ではあまり守られていないようです。コロナに関する危機感はなくなっていると思います。多くの人がすでに罹ったことと、もうニュースにもなっていないからだと思います。

コロナによって大きく変わったことの一つは、商店の従業員が風邪気味だと思うと、マスクをするようになったことです。そもそもは、店主や私のような事業主が従業員に求めたのですが、いまではかなり自主的に守られています。

夜の繁華街、と言ってもほんの20mぐらいです

またモザンビーク人の友人は、従業員がトイレに行った後に手洗いをするようになった、と言っていました。以前はその辺の木陰などで小用を足した後、すぐ仕事に戻っていたのに手を洗うようになったと喜んでいます。子どもたちも咳をするときは口を覆うのが習慣になりました。コロナでアルコール依存症や薬物中毒者が増えたという人もいますが、詳しいことはわかりません。

マスク、手洗いが今後の習慣として定着するかどうかはわかりませんが、少なくとも咳をするときは口を覆うことはマナーとして残るのではないでしょうか? それはともかく、モザンビークでは、新型コロナは過去のことになっています。

(コロナとは関係ありませんが)モザンビークを走っている車のほとんどは、私の車も含め日本からの中古車です


森本伸菜(もりもと・のびな):モザンビーク・トーフで日本食レストラン「すみバー・アンド・キッチン」を南アフリカ人の夫と経営。現地の子どものためのコミュニティなどの活動に深く関わっている


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(5)トルコ

トルコ(人口約8200万人)

西岡いずみ

大接戦の大統領選挙2回戦が行われているトルコからお送りします(執筆時は5月28日日曜日)。

今年トルコは共和国成立100周年を迎え、初の国内メーカー(TOGG社)製自動車「T10X」の開発、国産軍用ドローン「バイラクタルTB2」の活躍、自国領内での天然ガスの採掘などに沸いています。その一方で2月6日、南東部カフラマンマラシュで2つの大地震が発生し、その復興事業のために莫大な費用がかかり、国の将来に影響を与えている状況でもあります。

そんななか、コロナはほぼ話題にならなくなってきています。トルコ保健省によると、今年3月のCOVID-19感染者数は3万1,054人で死者数は85人、累計感染者数は1723万2,066人、累計死者数は10万2,174人だそうです。

街中には人が戻り、観光地には外国人観光客があふれています。コロナ最盛期には至るところにあった消毒用剤も姿を消し、スーパーなどで山積みになって売られていたマスクの値段も半分ほどに下がり、店の中を探さなければ見つけられなくなりました。

レポート第4弾の写真と同じ場所で。ソーシャル・ディスタンス0。マスク着用率0

一方、コロナが残したものもいろいろあります。世界中で見られることだと思いますが、インターネットショッピングや外食デリバリーの増加です。これは、以前はトルコでは少なかった原動機付自転車の普及を促しました。

人々の公共交通機関離れもあってか、自動車販売台数の増加(2023年4月の自動車販売台数は昨年比55.7%増で25万2,819台、小型商用車販売台数は昨年比62.7%増で8万831台だそうです)や、レンタルスクーターの増加なども見られます。

選挙活動で活気づく町の広場。ここでもソーシャルディスタンス0。マスク着用率0

洗剤や消毒液の種類も増えました。もともとトルコ国民は非常にきれい好きで、コロンヤと呼ばれるコロン(オスマン朝時代から使用される、アルコール度数80%ほどの手指消毒液)や、塩素系漂白剤の使用量はかなりのものです。家の隅々を塩素系漂白剤でピカピカに磨き、家族や客の手はコロンヤで清め、それらの匂いに酔いしれるという感じです。新型コロナウイルスの出現以降、さらに多種多様な清掃用剤、清潔用剤が現れ、好調な売れ行きを見せたようで、今でもスーパーや商店にはそれらの商品がたくさん並んでいます。

特筆すべきはマスク着用習慣の定着です。もちろん最近では、街中でマスクを着けている人をほとんど見ませんが、公共交通機関では10人に1人くらい、病院などでは10人に3人くらいはいまだにマスクをしています。コロナ前は、マスクをして町の中を歩くと奇異な目で見られたことを考えると、驚くべきことです。今では、だれでも自由にマスクを着用し、いぶかしい目で見られることもなくなったのです!

これもコロナが残したもの。センサー式の横断歩道用信号ボタン

ところで、コロナが残したもののなかで、私が最も憂えているのは、若い人たちの状況です。その1つは、世界中でも問題となっているコロナ後遺症です。私の娘の友人(ティーンエイジャー)は2年ほど前にコロナにかかった後、味覚及び嗅覚が変化し、いまなお以前の味覚を取り戻せていません。新鮮なキュウリやスイカからは腐ったスイカの臭い、ニンニクと玉ねぎからは汗の悪臭、揚げ物からはガソリンの臭いがするそうです。身近な事例は彼女だけですが、もっと重篤な症状のある子供がたくさん存在するだろうと想像しています。

若い人たちには、教育の遅滞という大きな問題ものしかかっています。コロナ蔓延防止措置期間中、各教育機関でリモート授業が行われましたが、十分な教育効果を上げることができず、そのツケが現在非常に大きな問題となっています。

また、家に引きこもっていた時期が長かったため、どこの国でもそうでしょうが、若い人たちの運動習慣がなくなり、デジタル依存も深刻化しました。大人以上に子供やティーンエイジャーの心身が危険な状態にあると、私は考えています。我が家にもその一例が存在するからです。

世界保健機関(WHO)は、5月5日についに新型コロナ「緊急事態宣言」終了を発表しましたが、二度とこのような病気が蔓延しないことを切に願います。これはおそらくむなしい願いだと思いますが、コロナのような世界規模の伝染病によって、特に子供や若い人たちが大きな影響を受けることを知った私たちは、この経験をもとにこれからの世界を構築していかなければならないと考えています。

さて、最後に我がイスタンブルの「のら猫天国」の様子をお伝えします。コロナが動物たちにも感染するかもしれないという不安をよそに、私の友達ネコはみな無事でした。以前の生活に戻り、何よりうれしいことの1つは、再び彼らと触れ合うことができるようになったことです。

近所のなじみのネコ達。みんな元気でした。地下鉄構内で音楽を楽しむネコも。人が戻って来て、音楽も戻ってきました


西岡いずみ(にしおか・いずみ):主婦、ときどき翻訳者。トルコ・イスタンブル在住


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(4)ドイツ

 

ドイツ(人口約8302万人)

長谷川圭

私の暮らすドイツでは、2022年の11月にコロナに関する規制の大半が撤廃されました。その後も公共交通機関や病院などではマスクの着用義務が続いていましたが、これも2023年の春にはなくなり、今ではコロナ以前の生活が戻っています。

というのは、あくまでも表向きの話で、じつは「重症化リスクの低下」をきっかけに(というか言い訳に)、規制が撤廃されるずいぶん前から、コロナは気持ち的にはすでに過去のものとみなされていました。そのため、ドイツでは、遅くとも去年の春ごろからはパンデミックへの関心はかなり薄くなり、(病院や電車・バスの中など監視が厳しい場所以外では)マスクをしている人も少なくなりました。今では皆無に等しいと言えます。

私はドイツの大学や文化センターで日本語の講師としても働いているのですが、新型コロナウイルス感染が拡大した当初、学校は組織としてコロナ対策を打ち出し、履修できる学生数を以前の半分ほどに制限し、リモート授業を増やし、ドアや壁のいたるところに「マスク着用」のポスターを貼り、消毒液もあちこちに置いていたのですが、去年の春ごろから、職員が誰ひとりとしてマスクを着用しなくなりました。職員がしないのですから、学生もマスクをするわけがありません。そのため、誰もマスクもせず、まるっきり普通に暮らしているにもかかわらず、履修できる学生数は半分で、授業の一部をリモートで行うという、よくわからない状況が1年ほど続いていました。

よくわからないと言えば、もうひとつ思い出すことがあります。現在のところ、私はふたつの学校で日本語を教えていて、そのどちらもコロナが始まってから1年は完全にリモート授業だったのですが、2021年春からはすでに部分的に教室での授業が再開されていました。そしてどちらの学校でも「廊下ではマスク着用、授業中はマスクを外してよし」というルールだったのです。夏はまだしも、冬のドイツは寒いのでもちろん窓は閉めたまま。狭い部屋に10人から15人が集まって90分ぶっ続けで日本語を話す(練習をする)わけですから、当然ながら非常に感染しやすい状況で、実際に私のもとには毎週のように「コロナに感染したから2週間ほど授業を休む」と知らせるメールが何通も舞い込んできました。それでも、教室内ではマスクを外してもいいという「ルール」があったので、ドイツ人学生の多くは本当にマスクを外していました(私のコースには中国人などもいて、彼らの多くは授業中もマスクをしていました)。ルールを盾に、健康リスクを負ってでもマスクという「面倒」を排除しようとするのはいかにもドイツ的と言えるかもしれません(ちなみに「感染したら2週間休む」もルールです)が、なぜ「教室内はマスクを外してOK」だったのか、今考えても謎です。

ここまでドイツのコロナ事情というよりも、個人的な話ばかりしてきたので、ついでにもうひとつ、ドイツと日本の違いを個人的に実感したエピソードを。

私は2020年の春に日本に一時帰国する予定でした。ちょうど感染拡大が始まったころで、当時はパンデミックがどれほどの規模と影響力になるのか予想がつかなかったので、チケットを予約していたルフトハンザ(ドイツの航空会社)から何らかの連絡が来るだろうと思っていました。ところがフライト予定日が1週間ほどに迫ってもいっこうに連絡が来ないのです。その一方で、JALからは、(私に関係のない)フライトの変更やマイレージポイントの失効猶予などを知らせるメールが頻繁に届いていました。さすがに自分のフライトが心配になったので、ルフトハンザの予約ポータルを通じてフライト情報を確認してみると……私のフライト日程がその日までに合計14回も変更されていたのです。14回も! しかも、連絡もなしに! もともと2週間半ほどだった日本での滞在日程は、行きの便も帰りの便も日付が変更されていたので、たったの5日になっていました。パンデミックの混乱でフライト計画に変更が生じるのは理解できるとしても、何の連絡もしてこないのはいただけません。変更履歴という項目があったのでわかったのですが、1日のうちにフライト内容が3回変更された日もありました。もし自分で調べなかったら、私は予定どおりのフライトができると信じて、家族ともどもマスク片手に荷物を持って、片道4時間以上かけて意気揚々と空港へ赴いていたことでしょう。今考えただけでもゾッとします。

もちろんフライトはキャンセルしました。その後、こちらから返金を求めるメールを再三送ったのですが何の音沙汰もなく、ルフトハンザから届いたメールと言えば、「アメリカ行きのチケットが安い」という宣伝の1通だけでした。およそ1年後、「これ以上無視したら消費者保護団体に支援を求める」と半ば脅すようなメールを書いたところ、数日後にようやく(これも連絡なしに)返金されました。

今、ドイツはウクライナ・ロシア紛争とインフレーションの話題でもちきりで、コロナという単語はほとんど聞かなくなりました。たまに、本当にたまに、スーパーなどでマスクをしている人を見ると、逆にドキッとするほどです。

今年の3月、私が日本語を教えている若い社会人の一人が、2週間ほど日本を旅行してきました。ドイツに戻って初めて会ったとき、その男性はこう言いました。

「やっぱり、日本人の国民性には感心する……」

「どうして?」

「日本では、まだマスクをしている人が多くて安心して電車に乗れたけど、それに慣れたらドイツに戻ったとたんに少し怖くなった」


長谷川圭(はせがわ・けい):ドイツ語・英語翻訳家、日本語教師。ドイツ・チューリンゲン州イエナ在住


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(3)台湾

台湾(人口約2357万人)

メリー・ジェーン

台湾の社会の現状

2023年5月20日現在、国境が開放されてコロナが収束したとみなされてから半年経ちました。台湾ではほとんどの人が外ではマスクを着用しなくなり、3年前の生活に戻っています。

2022年10月、台湾は隔離ルールを解除しました。多くの外国人観光客や台湾国民が、コロナの陰性証明書を持たなくても自由に台湾に出入りできるようになりました。観光産業が徐々に回復してきたといえるでしょう。2022年の夏、私は仕事でアメリカに出張したのですが、台湾に戻ると10日間ほど隔離生活を送ることになりました。その時に一番驚いたのは、アメリカではほとんどの人がマスクをせず、感染をあまり恐れていないように見えたことです。当時の台湾とは大きな違いがありました。その後わずか半年ほどで、台湾も欧米に追いつくことになるとは思いませんでした。

感染が拡大した初期のころ、台湾の人々にとっては滑稽で、屈辱的な出来事がありました。当時、台湾ではワクチンが不足していたため、政府は「高端」と呼ばれるワクチンを開発しました。「高端」ワクチンの臨床試験はまだ不十分だったのですが、ほとんどの人が政府から半ば強制的に推奨され、「高端」を接種しました(友人の話によると、注射後の副作用はほとんどなく、体が軽くなる感じがしてとても良かったそうです)。しかし、ここからが問題で、その後、多くの国では入国時3回のワクチン接種証明が必要になりましたが、「高端」ワクチンは国際的に認められたワクチンのリストに含まれていなかったのです。そのため政府は、「高端」ワクチンを受けた人でもさらに他のワクチンを受けることができるようにするか、陰性証明書の取得に必要な費用を補償することを約束しなければなりませんでした。台湾人にとっては恥ずかしい出来事ですね。

Subway店舗内の様子

台湾のコロナの感染状況

台湾の多くの人々は3〜4回のワクチン接種を受けていますが、私の周りでは、同僚や家族もはじめほぼ全員が感染しました。ただし、実際に台湾で感染が広がったのはオミクロン変異株が広がったときで、ほとんどの人がワクチン接種を受けていたこともあって、感染者の症状は軽く、大抵の人があまり辛さを感じずに回復しました。当時80代だった私の祖父母も陽性と診断されましたが、高齢者ということで国から1回あたり4万円の新薬が無料で提供されました。

現在、台湾ではコロナはインフルエンザと変わらない扱いになりました。

展示会でマスクをつけていない人々

台湾国民の現在の日常生活

海外と異なり、台湾ではコロナ感染が最も拡大した時期でも、リモートワークはあくまで一時的なもので、その後は続けることができませんでした。欧米や日本では、在宅勤務が一般的となり、海外で働いている友人のなかには、毎日出社しなければならない状態に戻ったらすぐに転職すると言っている人もいます。それに比べ、台湾では、リモートワークのメリットを享受している人は非常に少ないと言えるでしょう。

日常生活においては、現在はマスク着用が義務付けられているわけではありませんが、それでもジムや電車の中では半数以上の人々がマスクをしています。なぜなら国境が開放されたことで、台湾には世界中から外国人が押し寄せているからです。

街で買い物をしている人々

まとめ

私にとっては、新型コロナウイルスの感染は一段落したことになります。毎年のワクチン接種が必要なことを除けば、私の生活は3年前、感染拡大が始まる前とまったく同じに戻ったのです。その気になれば、マスクなしで自由に走り回ったり、外でジョギングしたりできるようになりました。ただ私個人は、「プールで泳ぐ」ことが怖いです。今でも、映画などでプールで泳ぐシーンを見ると違和感を覚えます。これが3年間も続いたコロナ禍が私に与えた最大の副作用かもしれません。


リー・ジェーン:台湾在住のアプリマーケター


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(2)イギリス

 

イギリス(人口約6665万人)

アレクサンダー・ペイトン

先日、イギリスでは、ロンドンのウェストミンスター寺院で、チャールズ国王の戴冠式が盛大に行われ、各国の王族や要人など約2,000人が参列しました。その時の映像をテレビでもご覧になった方もいらっしゃるでしょうが、マスクをしている人はいませんでした。普段の生活でも、マスクをしている人はほとんど見かけませんし、ソーシャルディスタンス等の規制もなくなり、コロナ前の日常に戻っているような気がします。

私はコッツウォルズという観光地に住んでいますが、天気の良い休日などは観光客であふれています。駐車場はどこも満車、アイスクリーム屋さんの前には長い行列ができています。川沿いでは大勢の人がピクニックをし、特にソーシャルディスタンスを気にしている様子はありません。

ボートンオンザウォーター。川沿いで水遊びしたりピクニックをしたり、思い思いの休日を楽しむ人々

現在は、新型コロナウイルスに関する法的規制はありませんが、イングランドの国民保険サービス(NHS)からは、以下のような勧告が出されています。

  • 健康上の問題がある人は、可能であればワクチンの追加接種を受ける。石鹸で手を洗ったり、アルコール消毒によって手を清潔にする
  • 咳やくしゃみをするときは口と鼻を覆う
  • ドアノブやリモコンといった頻繁に触れる場所や、キッチン、バスルームなどの共有スペースを定期的に掃除する
  • 他人と密接な接触をしたり、混雑した場所に行ったりするときは、顔にぴったりとフィットする2層以上のフェイス・カバーの着用を検討する

イギリスでは、新型コロナウイルス感染症にかかったとしても隔離をする必要はなくなりました。健康上のリスクを抱えていない人は、ワクチンの追加接種もできなくなりました。実際に、周りではコロナを話題にすることもすっかりなくなりましたので、インフルエンザと同等の扱いになったように感じられます。

ボートンオンザウォーター。アイスクリーム店の前の長い行列

仕事に関しても、一時はどの会社でもできるだけリモートワークをするように言われていましたが、今は元の体制に戻ったところもあれば、引き続きリモートワークを続け、週に数回は出勤する会社もあり、仕事の体制も多様化しているように思います。

しかし、新型コロナウイルスに感染した人のなかで200万人が現在も後遺症に苦しんでいるといわれています。この後遺症は、「Long COVID」と呼ばれ、NHSのサイトでも、倦怠感、息切れ、胸痛、臭覚の欠如、筋肉痛等の症状が見られると書かれています。

サイレンセスターのファーマーズマーケット

コロナが終焉してようやく平穏な日々が過ごせるようになったので、新たなウイルスが出てこないことを祈るばかりです。


アレクサンダー・ペイトン:英日翻訳者。イギリス・コッツウォルズ在住


コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(1)デンマーク

デンマーク(人口約580万人)

針貝有佳

2023年の1月から3月にかけて、私は3年ぶりにデンマークから一時帰国しました。日本人はいまだにマスク着用率が高いと噂には聞いていましたが、まさか、こんなに高いとは……。本当にびっくりしました。カフェやレストランで、テーブルの間に仕切りがあるのも驚きました。

欧州のなかでも真っ先に新型コロナの規制全撤廃に踏み切った北欧デンマークでは、2022年2月1日以降は再び規制が導入されることもなく、新型コロナウイルスの存在はすっかり忘れ去られています。デンマークの人びとはコロナ前と同じ暮らしを送っていて、私も日常生活でコロナを意識することはありません。

大半のデンマーク人は、きっとこう言うでしょう。「コロナ? ああ、そんなこともあったね」。きっと、デンマーク人がマスク姿の日本人を見たら、過去にタイムスリップしたような気分になるのではないでしょうか。

デンマークの街を歩いても、マスクをしている人は見かけません。ソーシャルディスタンスも誰も気にしていない様子ですし、学校もお店も通常モードです。世界各地から人が集まって密になるような大規模イベントも盛り上がっています。いま、新型コロナの騒動を振り返ると、あれはいったい何だったのだろう、と思うくらい遠い記憶の彼方です。

コロナ後に変わった人びとの行動といえば、リモートワークやオンラインミーティングが以前よりも頻繁に行われるようになったことでしょうか。もともとリモートワークも導入していたデンマークですが、コロナ後は仕事内容に合わせて積極的に取り入れるようになりました。通勤時間が省ける、集中力が求められる仕事は家でした方が効率的といったメリットを考慮して、社員がフレキシブルにリモートワークを選べるようになった職場も多いです。また、効率化のために、同じ社内にいながらオンラインミーティングをすることも増えました。こういった柔軟な働き方は、仕事の効率化のために今後も継続していくでしょう。

現在のコペンハーゲンの様子

さて、コロナ後、私のデンマーク暮らしにもちょっとした変化がありました。今はコロナ前とまったく変わらない暮らしをしているものの、気持ち的には大きな変化があったのです。そして、それはポジティブな変化でした。13年間暮らしているデンマークですが、デンマークという国がさらに面白く魅力的に見えるようになったのです。マスク着用義務が撤廃されたその日から一斉にマスクを外す国民、コロナ禍であってもやりたいことを諦めない国民、どんな状況でも楽観的により良い未来を信じて前進し続ける国民。

新型コロナ騒動を通じて、私はデンマークの人びとから元気をもらい、たくさんのことを学んだ気がします。バイキング時代から受け継がれているデンマーク人のサバイバル能力は、今も健在です。この数年間、デンマーク人のスピリットに触れて、私自身も少しパワーアップしたような、そんな気さえします。

どんなときでも、大丈夫、なんとかなる。私自身がそう思えるようになったのは、コロナの危機を乗り越えるデンマーク人の姿を間近で見てきたからかもしれません。


針貝有佳(はりかい・ゆか):デンマーク語の翻訳者、ライター。デンマーク・ロスキレ在住。ホームページ https://www.yukaharikai.com