コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(9)ルワンダ

ルワンダ(人口約1230万人)

吉田拓

ルワンダにとってのコロナの終わりと新しい時代の始まり

WHOのコロナ終結宣言に先立つ2022年5月14日、ルワンダ政府は「野外でのマスク着用は必要ない」と発表しました。事実上、ルワンダにとってのコロナ禍はこの時に終わり、ルワンダ人は「アフター・コロナ」の社会をつくりはじめたといえます。

2023年5月末現在、ルワンダで日常生活を送るにあたって、コロナ関連の規制も義務も習慣ももはやありません。人々は、すし詰めのバスに乗りこみ、バイクタクシーに2人乗りし、ひといきれのする市場へ出かけ、物を売り、買い、レストランで食事をし、酒場やクラブで踊りを楽しみ、教会で思う存分に讃美歌を歌っています。まったくマスクをせずに。

リモートワークも思ったように普及しなかったようです。仕事とは、「何かを期限内に達成するのではなく、同僚と上司のそばにいる状態をつくること」という労働価値観はコロナ禍では崩れませんでした。2021年、マスク有りなら出勤しても良い、とルワンダ政府が発表してから、事実上、オフィスワーカーは全員出勤していました。

社会全体が大きく変わらなかった理由は、社会的、経済的な理由があるのだと思います。社会的な理由としては、欧米の個人主義的な価値観と違い、「共同体の中にこそ、自分の立ち位置がある」というルワンダ人の社会観がコロナ禍のインパクトよりも強固であったことが挙げられます。自分の立ち位置を与えてくれる集団と一緒にいるからこそ、ルワンダの人々は生きていけるのです。

これに関係して、経済的な理由も挙げられます。一部の特権階級を除き、ルワンダの庶民は、土壁、トタン屋根の小さな家に複数の家族で住んでいます。家の中は密集しており、1人でいられるスペースがないので外に出ざるを得ません。また、マスクを外すことへの抵抗がなかった、というよりも、そもそもマスクを持っていなかったということも挙げられます。2022年10月に私たちが村落部で実施した調査によると、1世帯あたりマスクを3枚弱しか持っていなかったことがわかりました。1世帯あたりの平均人数は4.5人ですから、長期間、数枚のマスクを家族で共有し続けていたことになります。

それでは、変わったことは何かというと、コロナ禍を機に、ルワンダ政府の統制が強くなり、国民も積極的に統制を支持していることです。従来から政府の統制は強いとされていましたが、外出時間、宗教的行事への参加人数、移動範囲など、コロナ禍の統制は広範囲におよび、それを批判できない環境にありました。結果的にルワンダ政府の統制は、国民にとって強いリーダーシップの成功例として受け入れられています。大統領のTwitterは、賛辞する国民のフォロワーで溢れています。

つまり、コロナ禍で社会や経済は大きく変わらず、政府がより「大きく」なったと言えるのかもしれません。

最後に、コロナ禍をルワンダの人々が乗り切ったかなと初めて思った時のエピソードをご紹介して筆を置きたいと思います。

2021年9月、葬儀、婚礼以外の宗教的な催しが少人数ながら再開されたときのことです。ある夜、近所の教会から久しぶりにマイクを通して歌が聞こえてきました。男性が1人で、気持ちよさそうに歌っています。伴奏がなく、音程がずれており、上手な歌い手ではないのですが、熱心に歌っていることはわかります。しばらくして、彼がAmazing Graceを歌っていることに気づきました。久方ぶりに友人たちが集う教会で、再び歌えるようになった喜びに満ちていることがわかりました。私も、仕事の手を休め、静かに聴き入ってしまいました。朴訥で、感謝の気持ちと前に進む意思に満ちた歌声でした。

ルワンダには1万5,000のキリスト教の教会があるとされています。公立の小中高を合わせても約4,000校なので、圧倒的に教会の数のほうが多いです。市井の人々は、友人たちと繋がり、歌い、善意に満ちた話を聞いて、精神的な充足を得ながら倹しい暮らしを続けています。コロナ禍で礼拝に行けなかったことが彼らにとってどれだけの精神的な負担となっていたか、再び礼拝に戻ることがどれだけ喜びに満ちたことであったか、想像に難くありません。

あの、味わいのあるAmazing Graceこそが、ルワンダ庶民の力強い「アフターコロナ」の始まりだったと思います。

全世界の皆さんが平和に暮らせますように!


吉田 拓(よしだ・たく):国際NPOに勤務