コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(4)ドイツ

 

ドイツ(人口約8302万人)

長谷川圭

私の暮らすドイツでは、2022年の11月にコロナに関する規制の大半が撤廃されました。その後も公共交通機関や病院などではマスクの着用義務が続いていましたが、これも2023年の春にはなくなり、今ではコロナ以前の生活が戻っています。

というのは、あくまでも表向きの話で、じつは「重症化リスクの低下」をきっかけに(というか言い訳に)、規制が撤廃されるずいぶん前から、コロナは気持ち的にはすでに過去のものとみなされていました。そのため、ドイツでは、遅くとも去年の春ごろからはパンデミックへの関心はかなり薄くなり、(病院や電車・バスの中など監視が厳しい場所以外では)マスクをしている人も少なくなりました。今では皆無に等しいと言えます。

私はドイツの大学や文化センターで日本語の講師としても働いているのですが、新型コロナウイルス感染が拡大した当初、学校は組織としてコロナ対策を打ち出し、履修できる学生数を以前の半分ほどに制限し、リモート授業を増やし、ドアや壁のいたるところに「マスク着用」のポスターを貼り、消毒液もあちこちに置いていたのですが、去年の春ごろから、職員が誰ひとりとしてマスクを着用しなくなりました。職員がしないのですから、学生もマスクをするわけがありません。そのため、誰もマスクもせず、まるっきり普通に暮らしているにもかかわらず、履修できる学生数は半分で、授業の一部をリモートで行うという、よくわからない状況が1年ほど続いていました。

よくわからないと言えば、もうひとつ思い出すことがあります。現在のところ、私はふたつの学校で日本語を教えていて、そのどちらもコロナが始まってから1年は完全にリモート授業だったのですが、2021年春からはすでに部分的に教室での授業が再開されていました。そしてどちらの学校でも「廊下ではマスク着用、授業中はマスクを外してよし」というルールだったのです。夏はまだしも、冬のドイツは寒いのでもちろん窓は閉めたまま。狭い部屋に10人から15人が集まって90分ぶっ続けで日本語を話す(練習をする)わけですから、当然ながら非常に感染しやすい状況で、実際に私のもとには毎週のように「コロナに感染したから2週間ほど授業を休む」と知らせるメールが何通も舞い込んできました。それでも、教室内ではマスクを外してもいいという「ルール」があったので、ドイツ人学生の多くは本当にマスクを外していました(私のコースには中国人などもいて、彼らの多くは授業中もマスクをしていました)。ルールを盾に、健康リスクを負ってでもマスクという「面倒」を排除しようとするのはいかにもドイツ的と言えるかもしれません(ちなみに「感染したら2週間休む」もルールです)が、なぜ「教室内はマスクを外してOK」だったのか、今考えても謎です。

ここまでドイツのコロナ事情というよりも、個人的な話ばかりしてきたので、ついでにもうひとつ、ドイツと日本の違いを個人的に実感したエピソードを。

私は2020年の春に日本に一時帰国する予定でした。ちょうど感染拡大が始まったころで、当時はパンデミックがどれほどの規模と影響力になるのか予想がつかなかったので、チケットを予約していたルフトハンザ(ドイツの航空会社)から何らかの連絡が来るだろうと思っていました。ところがフライト予定日が1週間ほどに迫ってもいっこうに連絡が来ないのです。その一方で、JALからは、(私に関係のない)フライトの変更やマイレージポイントの失効猶予などを知らせるメールが頻繁に届いていました。さすがに自分のフライトが心配になったので、ルフトハンザの予約ポータルを通じてフライト情報を確認してみると……私のフライト日程がその日までに合計14回も変更されていたのです。14回も! しかも、連絡もなしに! もともと2週間半ほどだった日本での滞在日程は、行きの便も帰りの便も日付が変更されていたので、たったの5日になっていました。パンデミックの混乱でフライト計画に変更が生じるのは理解できるとしても、何の連絡もしてこないのはいただけません。変更履歴という項目があったのでわかったのですが、1日のうちにフライト内容が3回変更された日もありました。もし自分で調べなかったら、私は予定どおりのフライトができると信じて、家族ともどもマスク片手に荷物を持って、片道4時間以上かけて意気揚々と空港へ赴いていたことでしょう。今考えただけでもゾッとします。

もちろんフライトはキャンセルしました。その後、こちらから返金を求めるメールを再三送ったのですが何の音沙汰もなく、ルフトハンザから届いたメールと言えば、「アメリカ行きのチケットが安い」という宣伝の1通だけでした。およそ1年後、「これ以上無視したら消費者保護団体に支援を求める」と半ば脅すようなメールを書いたところ、数日後にようやく(これも連絡なしに)返金されました。

今、ドイツはウクライナ・ロシア紛争とインフレーションの話題でもちきりで、コロナという単語はほとんど聞かなくなりました。たまに、本当にたまに、スーパーなどでマスクをしている人を見ると、逆にドキッとするほどです。

今年の3月、私が日本語を教えている若い社会人の一人が、2週間ほど日本を旅行してきました。ドイツに戻って初めて会ったとき、その男性はこう言いました。

「やっぱり、日本人の国民性には感心する……」

「どうして?」

「日本では、まだマスクをしている人が多くて安心して電車に乗れたけど、それに慣れたらドイツに戻ったとたんに少し怖くなった」


長谷川圭(はせがわ・けい):ドイツ語・英語翻訳家、日本語教師。ドイツ・チューリンゲン州イエナ在住