コロナ終息に向けて:各国レポート最終回(11)イタリア

 

イタリア(人口約6036万人)

アヤ・ナカタ

コロナ禍が残したもの 北イタリア

トリノ大学では、今年度の始まり(2022年9月)からマスクの着用とリモート授業の義務はなくなりました。マスクで授業をするのはとても苦しかったので、その義務がなくなったとたん、わたしはマスクなしで授業しています。年度初めの頃は、マスクをつけている学生を見かけましたが、今では珍しくなっています。

留学が解禁になったため、それまで足止めされていた学生たちが「先生、今日がわたしの最後の授業です」と言って、日本へ向けて次々に飛び立っています。3月に出発することになった学生から、「日本でもマスクの着用義務はなくなったようですが、ニュースなどを見るとマスクをしている人がかなりいるようです。マスクをしなければいけないのでしょうか?」という質問を受けました。そこで、「日本はマスク大国で、コロナ以前からも多くの人たちがマスクを使っています。花粉症を患っているとか、理由はいろいろあります。ですので、それほど気にする必要はないとは思いますが、日本は同調圧力が強いので、みんながマスクをしている場所であなただけがマスクをしていないと白い目で見られる可能性もあります。嫌な思いをしないですませるという意味で、周りの状況を見て、その場その場で臨機応変に対処してはどうでしょうか」と答えました。

ソーシャル・ディスタンスに関しては、もはや考慮ゼロだと思います。東京のような過密なラッシュはありませんが、地下鉄やバスはかなり混んでいることもあります。最初のうちは「座席に一つ置きに座る」などという配慮もありましたが、今ではなくなりました。

レストランなどは元通りに営業しており、今まで以上に混んでいるようで、平日でも予約が必要との声もあります。コロナ禍に耐えられず、消えていった店が多々ある反面、新たに開店する店もまた、たくさんあります。コロナの疑いがあっても隔離義務も検査義務もなくなっています。「自主隔離します」という声ももはや聞かなくなりました。

ポルタ・ヌオーヴァ駅にあるヴェンキ(チョコレート屋)がジェラートを始めていました

ヴェネツィアでは、コロナ禍の間、観光客がまったくいない状態が生まれました。そのおかげで住民たちは「かつてのヴェネツィアの静かな暮らし」を取り戻し、「もう観光客ラッシュはたくさんだ」と思うようになったそうです。そのせいか、入場制限や入場料制度が始まる、というような話も耳にします。

さらに、人と出会ったときに、今までよりも一歩離れて対話しているような気がします。イタリア式の頬にキスをする挨拶ではなく、握手ですませることもあります。イタリアには老若男女を問わず心配性の人も多いので、そういう人たちはコロナ後も他者と距離をとっているように思われます。実際の距離ではなく、心理的に人間関係に距離ができたという人もいます。たとえば、あるツアーコンダクターは、コロナ後のクライアントは、いままでのように「ざっくばらん」ではなくなっていて驚いたと言っていますし、オフィス勤めの女性も同僚との関係が微妙によそよそしくなったと感じているようです。

「なぜだと思う?」と訊ねたところ、「コロナで隔離生活を強いられ自分とばかり向き合っているうちに、世界が自分中心になってしまったのではないか」という答えでした。自分は気にしないけれど、「コロナのせいで神経質になってしまった人を煩わせたくない」という優しさから、挨拶の仕方などでも一瞬戸惑い、一歩引いてしまう人もいるように、わたしは感じます。抱き合って挨拶する習慣を持つ人たちが長い間、顔を合わせることすら許されなかった生活を強いられ、心理的な打撃を受けたことは否めません。

オンライン授業に慣れてしまい、授業に出席しづらくなっている学生もいるようです。「人間恐怖症」的な人はつねにいますが、コロナ禍で助長された部分があるかもしれません。

フェルトゥリネッリ(本屋チェーン)で見つけたマイボトル

リモートワークに関しては、部署(職種)によって違いますし、一概には言えませんが、週の半分くらいはリモートという人もけっこういます。2年くらい前からスマートワーキング(テクノロジーを駆使し、仕事とプライベートのバランスをとりやすくする働き方。ex: リモートワーク、フレックスタイムなど)に切り替え、「会社には一切行かない」という人も。さらには、オフィス自体が消滅し、スマートワーキング・オンリーになったという会社もあります。スマートワーキングを選んだ人の中には、自分の好きな土地(山や海)に引っ越し、より快適な生活を手に入れたという話も聞きます。

会議のための出張がなくなったという話もあります。会議自体は短いのに時間をかけて家と職場を往復するという非効率的なことをしていたが、そういったタイプの会議はすべてオンラインでの打ち合わせに切り替わり、研修会など、対面でやったほうがいいことだけは出かけていくのだそうです。オンライン会議、スマートワーキングは、雇う側にも働く側にもそれなりのメリットがあるため、今後も続きそうです。

大きな会社の場合、100人単位のオンライン合同会議に切り替わったせいで、地方や海外の同僚と知り合うチャンスがなくなり、ちょっと寂しいという声も聞きます。「無駄」を省くことで会社のサバイバルはうまくいっても、人間関係は希薄になるというデメリットもありそうです。

わたしが肌で感じるのは、コロナ禍のことよりもウクライナ戦争のあおりですかね。ガスや電気代の大幅値上げがあり、小麦、ひまわり油の価格も高騰し、その結果、パンや野菜などもじわじわと値上がりしています。そのせいで一般市民にとっては、厳しい生活がこれからも続くと思われます。


アヤ・ナカタ:日本語教師。1987年イタリアへ移住。トリノ市郊外のコッレーニョ市在住