コロナ2か月間の韓国
殿垣くるみ
韓国に来て2か月半が経とうとしている。そのうち何とかなるだろうとのんきな気持ちで留学生活をスタートさせたが、世界中でコロナが猛威を振るう様子を見ながら、自身の考えが甘すぎたことを思い知った。ただし、韓国は現在も予断を許さない状況ではあるものの、新型コロナウイルスの感染については収束に向かいつつあるといっていいだろう。5月6日に「社会的距離の確保」から「生活防疫」への移行が宣言され、2年間の細かな生活ガイドラインが発表された。
やっとここまできたという嬉しさと、これから先、2年間はコロナ以前の生活には戻れないことへのショックを同時に感じた。それでもこの発表は、韓国政府がコロナ災禍という事態を、責任をもってとらえているという姿勢の表れでもあり、韓国民は安堵したと思う。実際に現在、1,000か所で呼吸器クリニックを設置するなど着々と準備が進められ、ニュースや新聞記事では、ピーク時の現場の様子やその対策について振り返る内容のものが多く見受けられる。韓国は今、過去の経験と反省を糧に新たな準備をしている段階だ。
私が韓国に来た当初(2月終わり)は、やはり出歩いている人は少なかった。実際に、多くの韓流ファンは、SNSでシェアされていたようなまったく人がいない観光地の写真を見てショックを受けたのではないだろうか。でも私はむしろ、市民が利用する市場や店などに想像していたより人がたくさんいることに驚いた(もちろん通常よりは少ないとは思うが)。
4月からは、テスト勉強をする多くの学生たちと同じように、私もカフェをよく利用するようになった。5月6日の解除を契機に、旅行や買い物に出かける人が格段に増えたが(「リベンジ・ショッピング」と呼ばれている)、それ以前から、ソウルでは店やデパートが自粛も休業もすることはなく、市民たちも通常より外出等は控えつつも普段とあまり変わらない生活を送っていたと思う。
ただ、その陰には徹底した対策があった。まず、PCR検査の呼びかけが幅広く行われていた。3月初旬に地下鉄を利用した際には、駅構内で韓国語、日本語、英語、中国語で、疑わしい症状が出たらすぐに連絡してほしいと連絡先についての放送が流れていた。また政府は、不法滞在者であっても今回だけは逮捕や取り締まりはしないと表明し、症状があれば必ず受診してほしいと発信した。そういった人たちを雇用する会社にも政府が直接呼びかけるなど、韓国語が分からない外国人や不法滞在者にも幅広く検査にアクセスできるように工夫している。
マスクについては、一時期、韓国でも不足していたが、韓国政府がマスクの流通をすべて管理し、国民すべてに適正な価格でマスクが行き渡るように「曜日制」でのマスク販売を開始。生まれ年の数字を曜日で割り振り、その曜日に薬局に行くと、2枚まで購入することができる。外国人登録証を持っていれば外国人でも購入できる。また、外国人登録証の発給待ちの時期があった私の場合でも、在籍している大学から無料でマスクを受け取ることができた。3月上旬には薬局以外でも適当な価格でマスクが売られているのを見かけていたので、マスクが不足した期間は短かったと思われる。
次に、日々更新される情報についてだが、国内・国外感染者、死亡者、隔離者、隔離解除者、検査数が毎日公表されるので、感染者の感染ルートも個人情報を最低限保護しつつ把握できる。毎日陽性者に関してアップデートされた情報が、近隣の区庁から携帯電話に通知された。このように、情報が日々公表され、その信頼が担保されているからこそ、韓国では買い占めやフェイクニュースで混乱することはなく、どれくらい警戒すべきかなど一人一人が考える基準を持つことができたと思う。
現在私が住んでいるソウルの感染者、死者数はどちらも少ない。死者数に関してはいまだ2名である。日本を含め、他国では首都が甚大な被害を受けるなか、ソウルで現在までこの状況を保つことができた点は、コロナ感染への対策について今後、各国を比較する際に注目すべき大きな要素になるかもしれない。
ただ、5月6日に「社会的距離の確保」が解除されたからといって予断は許されない。5月7日にソウル市内のクラブで集団感染が起こった。5月16日時点で、161人の感染者が確認されている。ソウル市内では感染者ゼロが2週間以上続いたという記録もあっけなく終わり、あらためて気の抜けない状況下にあることがわかった。
2月に1,000人規模の集団感染が発生した地方都市と同じく、7日の件でも韓国政府は徹底した封じ込め政策を行おうとしている。7日の集団感染の場合は、感染源とされる感染者が検査を受けるのが遅く、2,000人以上が接触した可能性があったため、政府当局は接触者への連絡を行い、7日の集団感染の現場のクラブに、連休をはさんだ6日間に入場した7,000人全員に検査を施すことを決定した。その後、さらに検査対象を広げ、現在(16日)、7日の集団感染関連で検査を受けた人は4万6,000人余りに上る。
もちろん韓国も多くの課題を抱えている。一部地域では支援金の対象から外国人を除外したり(のちに撤回されたが)、営業禁止令が出たクラブへの休業補償、また7日の感染者がゲイクラブに出入りしていたことも強調し発信され、同性愛を嫌悪するような発言も多く見られた。非常時だからこそ差別や偏見が露呈され、必要とされる支援が後回しになる。ただ、こうした課題はどの社会にもある、と私は思っている。重要なのはその課題を認識し、議論し、前進していこうという意思が社会にあるかどうだろう。
コロナ真っ只中ではあったものの、韓国では国政選挙が無事行われ、投票率は00年代の議員選挙で一番高かった。結果は、現文在寅政権を支える与党の圧勝。韓国市民が選挙によって下した現政権への中間評価が、さらに社会を前に進めていくだろう。今後、韓国社会がコロナとどう向き合っていくのか、ソウルの片隅から観察していきたい。
殿垣くるみ(とのがき・くるみ):韓国ソウル在住。一橋大学大学院修士課程在学中。