コロナ終息に向けて:各国レポート(26)ネパール

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これからが正念場、受け流しながら終息へ向かえるか

勝井裕美

ロックダウンが6月14日まで延長されたネパールは人口約2,900万人、北を中国、南をインドという大国に挟まれた小国だ。ネパールのコロナの感染状況はこの国の位置関係が大きく影響している。

6月2日現在、2,099名の感染者が確認されているが、その7割超がインドとの国境沿いの平野部に集中している。中国の武漢での感染が確認された後、ネパールと中国間の北側の国境は早々に閉じられた。一方、南側のインドとの国境はフリーボーダーで、両国民はお互いの国にパスポートなしで行き来ができる。壁が設置されているわけでもないから、普段から多くのネパール人が、物が安く豊富なインド側に買い物に行っている。インドへの出稼ぎ者も多い。ガス、ガソリン、医薬品や食料品などの半数以上はインドからの輸入である。このようにネパールの暮らしはインドとの関係に大きく左右される。

3月23日時点で人口13億人を抱えるインドの感染者数は415人だったが、その後、新規感染者数が急増し、世界各地からもインドでの感染拡大を危ぶむ声が相次いだ。ネパールにあるたった1つの国際空港で外国人の入国制限が始まったのは、国内で初めての感染者が出た2月下旬だったが、インドとの国境封鎖が始まったのはロックダウンを開始した3月24日の前日である23日からだった。ネパール政府はインドとの国境を封鎖しない限りは国内の感染リスクが増大すると気づきながらも、その決断にはインド政府との調整が必要だったのかもしれない。

この国境閉鎖によって多くのネパール人がインド側に取り残された。彼らはインドのロックダウンによって仕事を失い困窮し、警察の目を盗んでトウモロコシ畑の国境を越えて帰郷した人までいたという(罰を恐れた彼らは帰郷に成功しても、政府が設置した隔離施設には入らなかった)。国境閉鎖から2か月経ってやっとネパール政府は正式にインドからの帰国を認め、現在は50万人のネパール人が帰国の手続きを行っている最中だ。同時に、3月22日からの飛行機の国際線停止によって中東などに取り残された、2~3万人の出稼ぎ労働者たちの帰国もまもなく始まろうとしている。ネパールの隔離施設は学校や公民館といった公共施設を利用しているが、その数も質も不十分で、地域によっては外で野宿をしている人たちも出ている。

このように、ネパールではこれからがコロナ対策の正念場だ。とはいえ、ネパール人はよくここまで踏ん張っていると思う。ネパールではロックダウンに伴って、外出禁止が発令され、食料品と医薬品の買い出しと病院に行く以外の外出は禁止となっている。街からは車や人が消えた。大きな交差点には警察官が配置され、車両の通行のチェックなども行われている。道を歩いていても、時々、どこに行くのかと警察官に質問されることもある。

ヒンドゥー教の神様の使い、牛が悠々と闊歩

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私も銀行のATMに行こうとしたら警察官に声をかけられた。ネパール語で対応していると、だんだんネパール人特有の人懐っこさが顔を出し、「ネパールに来て何年だ?」「結婚しているのか?」「なんでしてないんだ?」(いずれもネパールでは定番の質問。純粋に結婚していないことが彼らにとっては疑問であり、同時に心配してくれているのだ)「今度、いいやつを紹介してあげるよ」(頼んだら絶対、紹介してくれる)と会話をしているうちに、「行っていいよ」と許可してくれた。

今回のロックダウンに対する人々の反応は私の予想を超えていた。人々が外出しないのは警察の取り締まりも影響しているが、それ以上に彼らはウイルスを怖がり、自主的に店を閉め、外に出ないのだ。彼らは自国の医療体制が脆弱なことを知っていて、先進国でさえ大きな被害をもたらしたウイルスを恐れている。スーパーは入店制限を行い、八百屋の入り口にはロープが張られて店内には入れず(店主に買いたい野菜を伝えて買う)、レストランは早々にテイクアウトに切り替えた。それでも、人々の顔は不思議と穏やかなままだ。この対応力はどこからくるのだろう。

ネパールでも並ぶ習慣が生まれるのだろうか

ネパールでも並ぶ習慣が生まれるのだろうか

1996年に始まった内戦が10年間続いたネパールでは、2015年に憲法が発布されるまで「バンダ」が日常だった。バンダとは、主に政治グループが自分たちの意見を通すために、「店を閉めろ、車を走らせたら暴力をふるう」と人々を脅して社会機能を止めてしまう行為だ。また、2015年には大地震とインドによる非公式の経済封鎖と災難が続いた。こうした経験から、ネパールの人々は、自分ではどうにもならないことを受け流すのがうまくなったのかもしれない。そしてそれは、辛抱が必須なコロナ感染対策において、大きな強みになっていると思う。


勝井裕美(かつい・ひろみ):NPO法人シャプラニール=市民による海外協力の会(https://www.shaplaneer.org/)ネパール事務所長。ネパール・ラリトプール市在住