コロナ終息に向けて:各国レポート(20)アイルランド

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潔さがかっこいいアイルランド人

石川麻衣

のんびりとした国民性で有名なアイルランド人だが、時々とてつもない潔さを発揮することがある。あまり知られていないが、アイルランドは世界で初めて屋内の喫煙を全面禁止し、プラスチック袋への課税をいち早く導入し、世界で初めて国民投票で同性愛婚を合法化した国でもある(ちなみに現首相は同性愛者であることを公言している)。いわゆる「正しいこと」に対してはまったく躊躇がない。

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確か、3月の中旬手前あたりからセントパトリックデー関連のイベントを含め、催し物がすべて、あれよあれよという間に一つ残らず中止になった。中止の仕方も非常にあっさりしていて、「それでは、また会う日まで。ビー・セイフ!」と実にドライ。コロナ感染による死亡者が一人出たかな……くらいの時期だったので、そこまでする必要があるのかと当時は思ったものの、この対応でよかったのだと今は思う。それでも、アイルランドでは老人ホームなどでのクラスターが目立ち、なかなか感染の勢いに歯止めがかからなかった。あれから2か月以上経ち、ついに5月25日には初めて死者がゼロに。5月中旬から8月中旬まで4段階くらいに分けてゆっくりと規制が解除されていく予定だが、今度は逆に他国と比べてあまりに慎重なので不満の声もある。レストランや美容院は7月に再開予定だが、私のパートナーもいよいよ髪の毛がライオン風になりかけているので、どうにかしなければならない。

今はだいぶ緩んだように思うが、以前は道行く人々の表情がかなりこわばっていた。道端ですれ違うたびに道脇の塀に忍者のように張り付く人もいたし、青少年の非行も目立った。こちらの青少年たちは、よくも悪くも爆発的なエネルギーを放つ子が多く、日頃からハラハラさせられるのだが、そこに外に出られないストレスが加わったのか、彼らの悪ふざけがさらに目立つようになった。また、街の中心へ行くと、少し前は移民系の人しか出歩いておらず、異国の言葉ばかりが耳に飛び込んできた。

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カトリック教徒の影響が色濃く残るこの国ならではの助け合いの精神も、至るところで見受けられた。近所の小さなコンビニのお兄ちゃんが「何か困っていることはないか」とわざわざ一軒一軒回ってきたかと思えば、ご近所きっての世話好きの方が「距離を保ちながらの路上パーティー」なるものを開催し、近所に住む人全員の連絡先をメモして、チャットグループまで作ってしまった。隣に住む男性は、引きこもりなのではないかと心配するほど無口で人と接しない方だったが、なぜかこれを機に他人に心を開くようになり、今は別人のように誰よりも路上パーティーを楽しみにしている。以来、近所の雰囲気が一変した。

アイルランドには、もともとたくさんの渡り鳥が訪れる。街が静かになったせいか、庭に鳥が訪れる頻度がさらに増えた。ミソサザイ、コマドリ、アオガラ、カササギ……。明らかに、鳥の鳴き声が響き渡るようになり、特に朝と夕方は聞きほれてしまうほどである。愛嬌のある小鳥たちに思わず名前を付けてしまう人もいて、新聞には「庭を訪れる鳥たち」という特集も組まれた。これを機に園芸も盛んになったが、園芸店に注文が殺到し、発送が追いつかず、店のウェブサイトの停止が相次いだほどだ。

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この危機で仕事を失った人、または仕事が激減した人などに向けた補償金はネット上ですぐに申請でき、その数日後には振り込まれる。個人事業主も、留学中の学生なども対象となる。こちらでは、俳優が仕事が入らない時期について政府から失業手当を受けるのは稀なことではない。今回の手当てはいつもの額よりも高く(週に350€)、普段から手当を受け取っていたある俳優さんは思いがけないボーナスに驚いていた。しかし、これでは労働意欲を奪うのではという意見もあり、先日、ラジオのコメンテーターはかなり辛口のコメントをしていた。

封鎖後すぐに、国立劇場アベイ座がアイルランドを代表する50名の作家にモノローグの執筆を依頼した。これがまた潔かった。作家たちは2週間で作品を書き上げ、50名の俳優がそれぞれカメラの前で演じ、5月の頭には数日間にわたってその動画が配信された。テーマは一律「封鎖」であったが、その視点は千差万別で、詩、エッセイ、散文、手紙、身体表現、感情の吐露など、様々な角度から人々の「今」の想いが解き放たれた。とても見応えがあり、まさに作家の執筆力が試された企画であった。

8月中旬には劇場が再開する予定である。自粛のことを、こちらでは「コクーニング(Cocooning)」と呼んでいるが、蚕は繭の中にこもり、一度「無」になってから飛び立つという。これを機に、さらに素晴らしい作品が世に羽ばたくのを、ひそかに楽しみにしている。


石川麻衣(いしかわ・まい):通訳、英日翻訳家(主に演劇、芸術関係)、ナレーター。国際演劇協会会員。アイルランド・ダブリン在住