流行終息に向かうも、新たなる火種
木村高子
5月14日、スロヴェニアでは、コロナウィルスの流行終息宣言が出されました。ヨーロッパの国のなかでは最も早く、流行宣言が出されてからじつに2か月後のことです。
中欧の小国であるスロヴェニアでは、今年2月以来、隣国イタリアでの感染拡大に警戒しつつ状況を見守っている状態でしたが、3月4日に国内で初の感染者が確認されると、12日に流行宣言が出されてロックダウンが始まりました。教育機関は無期限休校、バスや電車などの公共交通機関は運行休止、そして食料品店を除くすべての商用施設は基本的に閉鎖。国民は自宅待機を要請され、誰もがマスクを着用するようになりました(これまでスロヴェニアにはマスクをする習慣がありませんでした)。外国からの入国制限措置が導入され、航空交通も停止し、スロヴェニアは陸の孤島となったのです。3月中旬からは食料品店の営業時間が短縮されました。高リスクグループとされた高齢者や妊婦は、午前8時から10時のあいだと、閉店前の1時間しか買い物できないようになりました。
3月30日からは、居住する自治体からの移動が原則禁止になりました。アルプス山脈の南側に位置し、気候のよいスロヴェニアは、近年、外国人観光客も増えています。首都リュブリャナにある川沿いのレストランやカフェはいつも満席でしたが、3月から矢継ぎ早に導入されてきたコロナ対策の措置の結果、まるでゴーストタウンのように閑散としはじめました。ただし、公園などの散歩やジョギングは許可されていたので、自粛期間中も多くの人が公園や川沿い、近郊の丘などに出かけていたようです。自然好きのスロヴェニア人らしいですね。
カトリック国であるスロヴェニアでは、毎年イースターの日になると、多くの人が教会のミサにハムやパンなどを持参して祝福を受け、その後は家族で集まってイースター・ブレックファストを楽しみます。しかし今年は、車に乗った司祭が信者の家をまわり、用意した食べ物とともに庭先で待つ信者に、車のなかから祝福の手振りをする様子がテレビで放送されました。一部の国のように警官が街中を巡回して職務質問をしたり、外出者を取り締まったりするようなことはなく、国民はおおむね政府の指示に従って、おとなしく家に籠もっていたようです。
こうした政策が功を奏したようで、4月末以降、1日の感染者数は一桁台におさまり、現在では感染者数ゼロの日もあります。5月21日現在、スロヴェニアの感染者の総数は1,468名、死者数は106名です(なお、スロヴェニアの総人口は約200万人)。高齢者施設での死者の多さが目立つものの、さいわい、医療崩壊は起きませんでした。4月15日には、入店の際の手袋着用義務が解除(マスク着用は継続)され、屋外スポーツ解禁、自治体間の移動制限解除、鉄道再開と、警戒措置が少しずつ緩和されていきました。5月4日からは、教会のミサやレストランの屋外テラスでの営業再開が許可され、18日には、一部の例外を除き、すべての店舗の営業再開が認められました。ようやく、町に少し活気が戻ってきた気がします。
教育機関に関しては、小学校の低学年と最終学年、及び高校の最終学年のみ、学校での授業が再開され、それ以外はオンライン学習が当分継続されるようです。知り合いの高校生によると、学年末試験もオンラインで実施されるとのこと。ズームのビデオと音声をオンにした状態で答案を書くのだと教えてくれました。
ウィルスの封じ込めにほぼ成功したことで、政府の支持率が上昇するかと思いきや、今やこれが新たな火種となっています。じつはスロヴェニアでは、ロックダウン決定直後の3月13日に政権が交代したのです。新たに政権を握ったのは、今回が第三次内閣となる右派のヤネス・ヤンシャ首相(一期目は2004-08年、二期目は2012-13年)。しかしヤンシャ首相には、2014年にフィンランドの軍事企業からの収賄疑惑で起訴され、服役したという過去があるのです(その後判決取り消し、時効に)。ハンガリーのオルバン首相とも親しく、毀誉褒貶の激しいことでも知られています。
そんななか、4月24日に、マスク購入に関して複数の閣僚が身内に利益供与したというスキャンダルが発覚。5月1日のメーデーには反政府デモが開催されました。といっても、集会禁止令の発令中ですから、デモ参加者は自転車に乗り、ベルを鳴らしながら官庁街を走り回りました。汚職に対する抗議であるとともに、危機に乗じて政府が国民の私権を制限しようとしていることに対する抗議です。それ以降、毎週金曜日の夕方には同様のデモが国内の複数の都市で開かれ、毎回数千人が参加しています。これに対して首相は、メディアや司法に対しても批判の矛先を向けています。
ヨーロッパではこれからバカンスシーズンが始まりますが、経済再建にはやる政府の政策によって外国人観光客が戻ってくるのか、そして、それによるコロナ感染拡大の危険はないのかという疑問も残ります。そのこともまた、観光を経済の重要な柱の一つとするこの国のジレンマであり、この先スロヴェニアの社会がどうなっていくのかを注視していかなくては、と思っています。
木村高子(きむら・たかこ):英語・フランス語・スロヴェニア語翻訳者。スロヴェニア・リュブリャナ在住。