翻訳家は芸術家? それとも職人?

Artという言葉には「芸術」という意味と「(特殊な)技能」という意味があります。

書籍翻訳は、まさしくArtではないでしょうか。言いかえれば、翻訳家はArtist(芸術家)であると同時に、Artisan(職人)でなければなりません。

翻訳本は著者の「作品」であるだけでなく、訳者にとっても「作品」です。その証拠に原書が同じでも翻訳者が違えば、表現も文体も異なります。作品が醸す雰囲気まで変わることもあります。
でも、訳稿はまた「商品」でなければなりません。使う人=読者の立場にたった売れるものをつくらなければならないのです。

訳者のセンスやこだわりが表れる「作品性」と、客観性や読みやすさが問われる「商品性」。そのバランスが書籍翻訳のだいご味です。

翻訳家をめざす人のほとんどは本好きです。大好きな作家もいれば、お気に入りの小説もあるでしょう。「この言葉カッコいい!」とか「こういう表現があったか」と念願の書籍を翻訳できたときには、使いたい言い回しがたくさん。きっとArtistとしての感性は全開になります。
ですが、それがひとりよがりな文章につながり、「商品」としては今ひとつとなることも多いのです。

これまで、たくさんの翻訳者さんの訳文をみてきました。
どんな翻訳者の訳文にも必ず「うまいなあ」とか「ステキだなあ」と感心する表現があります。どれもArtistとしての翻訳者の個性がどこかに現れた「作品」です。
でも、まったくストレスなく読めて「商品」としても完成している訳稿をポンとだしてきてくれる翻訳者はなかなかいない……。

そして、いろいろな人の訳文をリライトしてきて、わかったことがあります。
実は書籍翻訳初心者の多くが陥る共通のNG表現や言い回しがたくさんあるということです。そこにさえ気づけばクオリティが飛躍的にアップする――そういった訳文に出会うことはしばしばです。

書籍翻訳会社としての日々の重要な仕事のひとつは、そういった訳文を合格ラインの「商品」にすることかもしれません。
うちのスタッフは全員翻訳者です。もちろん私たちより優秀な翻訳家さんはたくさんいます。

ですが、他人のあらは目につくもの。いろいろな訳文をみればみるほど、意地悪な読者の目になって、欠点を見つけるのが得意になります。
そんな私たちが気づいた「翻訳者が陥りやすいNG表現」を、翻訳セミナーとこのブログで具体的にお伝えしたいと思っています。

でも、ホント、他の翻訳者のリライトをしているからといって、いざ自分で翻訳をすると、客観的にはなかなかなれず、完璧からはほど遠い……(泣)。

それがまた、翻訳の難しいところですね!
(Y)