厳しい断食月を乗り越え緩和へ向かうトルコより
西岡いずみ
トルコでは、3月10日に最初のコロナウイルス感染者が発表されました。その後、3月16日には小中学校、高校、大学、その他の教育機関の閉鎖(5月18日に9月の新学年の始まりまで継続と発表されました)に続き、65歳以上の外出禁止、31の都市の入出禁止と20歳以下の外出禁止、飲食店の店内営業禁止などが打ち出されました。4月12日以降、いくつかの大都市では毎週末の全面外出禁止が続いています。外出禁止違反には3,150トルコリラ(約5万円)の罰金が科され、これはひと月の最低賃金額に近い数字です。
このような対策の成果か、現在、トルコの感染のピークは越え、5月29日現在で感染者は1,141人(累計感染者数:162,120人/ウイルス検査総数:1,964,364件)、コロナウイルスによる死亡者は28人(累計死亡者数:4,489人)となっています。累計感染者数だけを見ると、インドに次いで世界10位ですが、医療崩壊は免れており、社会的な問題も発生していません。これには、トルコの比較的高い医療水準と、ほぼ国民全員加入の健康保険制度が影響しているのかもしれません。
ここでトルコの巷の様子について少し触れてみたいと思います。トルコの街中には野良犬や野良猫が多く、普段は動物愛好家が世話をしています。しかし今回、外出の自粛・禁止に伴って、犬猫の世話が心配されましたが、各自治体が餌や水を配るなどしました。これには、動物愛好家たちも一安心。
こうした中で、野良猫たちの様子がちょっと変わってきました。以前は「ピスィ、ピスィ(トルコ語で「ネコ、ネコ」という意味)」と声を掛けると、ほぼ100パーセントの確率でどこからか猫たちが走って寄って来ました。アパートの8階にある我が家からも、地上に向かって呼びかけると、必ず馴染みの猫たちが窓の下に走って来ていたのですが、人々が外出を控えるようになってからというもの、「ピスィ、ピスィ」に応じる猫がほとんどいなくなったのです! 愛嬌をふりまかなくても餌がもらえるようになったからか、人々が外に出ないようになったことを理解しているためなのか……少しさみしいです。
トルコでは日本に比べると、人と人との物理的・心理的距離が近いのですが、コロナ禍以降、外で人とすれ違うことを避けようとする人が非常に増えました。また、人に会う時や別れる時、両頬にキスをし合う習慣があったのですが、鳥インフルエンザが流行ったころから、じわじわと「この習慣は良くない」という意識が広まりはじめ、ついに新型コロナウイルスが発生してからというもの、積極的にこの習慣を控える人が増えたように思います。私のようにこの習慣が苦手な人間にとってはうれしいことですが、戸惑う人たちも多いことでしょう。
宗教面でも、モスクでの礼拝が禁止になり、4月24日から5月23日までの断食月にも、変化がありました。例年だと、家族や友人を招いてイフタル(断食明けの夕食)を共にし、また各地で夕食を無料で配るテントが設置されたり、野外で大勢の人が夕食をとる風景が見られたりします。けれども、今年は野外でのイフタル禁止、家に人を招くことの自粛要請が出されました。さらには、断食月明けのシェケル・バイラム(砂糖祭り)に人が集まることを防止するために、祭りの期間に当たる5月23~26日は全国一斉外出禁止令が出されてしまいました。イフタルとシェケル・バイラムは、イスラム教徒にとって断食月の楽しみでもあるので、今年の断食月はトルコの人たちにとってかなりさみしいものになりました。
さて、感染拡大防止措置の話に戻ると、感染者数と死亡者数の減少を受け、まず5月11日からショッピングセンターや理美容室の営業が再開されました。失業・休業保障、医療などに対する国庫からの莫大な出費と、トルコリラ安への懸念もあります。経済を立て直すべく、早急に緩和に向かいたいという政府の思いも切実で、6月1日からの都市間移動、飲食店の店内営業、モスクでの礼拝などの解禁を含むいくつかの禁止令緩和が発表されました。それに伴って、町中には急激に人があふれはじめていることもあり、5月30~31日の土日にはまた、15の都市で外出禁止令が出されています。
すっかり夏の陽気になったいま、地中海人気質と遊牧民気質を合わせ持つトルコ国民を家に閉じ込めるのは、至難の業とも思われます。一方で、意外と真面目で勤勉で忍耐強い国民でもあるので、政府が状況に応じて適切な措置を講じることができれば、今後の大きな試練も乗り越えられるのではないかとも思います。
そして私も、早く馴染みの野良猫たちと自由に会えるようになることを楽しみにしています。
西岡いずみ(にしおか・いずみ):主婦、ときどき翻訳者。トルコ・イスタンブル在住