センス(第4回セミナー)

書籍翻訳セミナーの第3回は、河出書房新社の田中優子さんが書籍編集にかける想いを熱く語ってくださいました。
文芸をはじめとするフィクション翻訳のむずかしさも実感でき、アンケートでも「貴重なお話をきけました」という声がとても多かったです。

さて、明日は第4回。

前半は、「リーディングのコツ」と題して、
リーディングの意義やレジュメの書き方、さらに読後感のポイントなどについてお話しします。

そして後半は、イングリッシュエージェンシーの服部さんにご登壇いただきます。

翻訳者にとって、エージェントさんからお話をきく機会はなかなかないもの。
前回のアンケートにも服部さんへの質問がたくさん寄せられていました。

エージェントさんと弊社リベルはまさしく持ちつ持たれつ。
リベルの翻訳者が面白い本を見つけてくる。
その本の版権があいているかどうかをエージェントに調べてもらう。
権利があいていてそのエージェントが扱えるものであれば、
うちでレジュメをつくってエージェントに送る。
そのレジュメでエージェントが出版社に売り込む。
決まれば翻訳がこちらに来る・・・
という仕組みです。

翻訳者が見つけてきて服部さんが動いてくださって決まった作品に、
たとえば『ロシアのマトリョーシカ』があります。

マトリョーシカ世界で初めての本格的マトリョーシカ図鑑。
マトリョーシカの歴史についての記述もしっかりしているし、
何より、写真が豊富で美しい。
眺めているだけでワクワクします。

原書はハードカバーの大判で、表紙も全面マトリョーシカが並んだ写真なのですが、日本語版は版元のスペースシャワーネットワークさんがとってもおしゃれな本に仕上げてくださいました。
この作品ならこの出版社に・・・という服部さんのプロのセンスのおかげです。

服部さんは以前、ユニエージェンシー、その後はアウルズエージェンシーにもいらっしゃいました。
知り合ったのは、アウルズにいらした頃です。当時すでに、映画や音楽関係本に強いエージェントさんとして業界でも有名でした。
お会いしてみると、第一印象は寡黙なハンサムボーイ(笑)。
むむ、とっつきにくいかな……と思ったのですが、
話してみるととってもフレンドリー!

実際、いろいろな出版社の編集者さんともすぐに友達のように仲良くなられ、いっしょに食事やイベントにいらっしゃることもしばしばのよう。
そのオープンマインドは翻訳者や翻訳会社に対しても同じです。
かくして、イングリッシュさんとうちのオフィスが近いこともあり、
私もときどき、友達感覚で飲みながら情報交換させていただいています。

そんな服部さんから、エージェンシー各社について、各出版社について、そして翻訳出版の現状についてどんなお話がきけるのか、とても楽しみです!

(Y)

ご縁(第3回セミナー)

おかげさまで、第2回書籍翻訳セミナーも好評のうちに終わりました。

日頃、翻訳者が出版社にぜひきいてみたいと思っている質問の数々。
早川書房の山口晶さんが2時間にわたり、本音で答えてくださいました。

そして、明日は第3回。
特別講師は、河出書房新社の編集者、田中優子さんです。

田中さんとは不思議なご縁を感じています。

というのも、
リベルが翻訳をした初めての作品はスペイン語の児童書でした。

私はその前から敏腕編集者として田中さんのお名前を知っていたので、スタッフが発掘してきたその作品のレジュメをお送りしたところ、とても興味を示してくださいました。

残念ながら、決まったのは河出さんではなく他の出版社でしたが、作品を評価するときの田中さんの視点がとても鋭く、別の作品でご一緒できたらなあと思いました。

その後、出版関係のイベント、海外のブックフェア、大使館の催しなどでなぜか田中さんにばったりお会いすることが多く、ひそかに私は「興味をもつポイントが田中さんと一緒なのかも……」などと思っておりました。
(あとから、田中さんは私より何倍もそういうところにいらっしゃる機会が多いからということがわかりましたが(笑))

そういうイベントつながりで、オーストラリアの絵本作家ショーンタンさんを紹介してくださったこともあります。

数年前のこと。
スペイン大使館商務部がスペインの本を日本に紹介する”New Spanish Books”というサイトを立ち上げ、私は第1回の(書籍)選考委員として呼ばれました。選考会場に赴いたところ、そこに田中さんの姿も!

私たち以外の委員は男性だったこともあり、二人でああでもないこうでもないと言いながら楽しく本を選び、発言も私たちが一番多かったような……。

そして昨年、ようやく田中さんと翻訳の仕事でご一緒することができました。
河出さんの書籍はこれまで何冊か翻訳しているのですが、田中さんからは初めての依頼で正直ドキドキでした。

それが、この本です。

ムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンムーミンの生みの親、トーベ・ヤンソンの評伝です。ヤンソン生誕100周年の昨年、フィンランドで、この本をオフィシャルブックとして「トーベ・ヤンソン展」が開催され、日本でも同じ展覧会が昨年11月の横浜を皮切りに今年の9月まで全国を回っています。

フィンランド語の原書、でもトーベ・ヤンソンの母語はスウェーデン語。すでにヤンソン関係の作品はたくさん出版されている……など、他の作品より大変な部分もありました。

そんな私たちを引っ張ってくださった編集の手腕はいわずもがな、日々のやりとりのなかで一番感じたのは、田中さんの作品に対する深い思い、「本への情熱」でした。

明日のセミナーでもきっと、書籍編集者としての田中さんの一冊一冊にかける情熱が受講者のみなさんに伝わるのではないかと、今から楽しみです!

(Y)

「大丈夫ですよ」(セミナー第2回)

12年前にリベルを立ち上げて最初の仕事は、韓国本のリーディングでした。
『冬のソナタ』というドラマが韓国で話題になり、日本でも近々放映されるというので、そのノベライズ本を読んでくださいという依頼です。

残念ながらレジュメを依頼してきた出版社さんは版権を取得されませんでした(その後、日本でも『冬のソナタ』は大ヒット、ノベライズ本もベストセラーになったことはご存知の方も多いと思います)。

ですが、このドラマがきっかけとなり、日本で韓流ブームが起こります。
弊社でもこれまで数々の韓国本を手掛けてきました。
その第一作は、日本で映画も話題になった「シルミド」の原作本。

シルミド 表紙

今からおよそ50年前、韓国の朴政権は囚人ややくざ者を集め、北朝鮮に対する暗殺部隊を組織することを計画。そして「シルミド」島で密かに訓練を始める……。

実話をもとにしたこの小説の翻訳を依頼してくださったのは早川書房、担当編集者は山口晶さんでした。
ネクタイ姿の編集者さんがほとんどの早川書房のなかで、山口さんだけはいつもポロシャツやカッターシャツ。爽やかなのは服装だけでなく、どんなときも動じず騒がず、穏やかに仕事を進めます。

あるフランス小説の翻訳を依頼されたときのこと。原書の中に著者の手書きの手紙があり、それが判読できないなど、どうしても著者に質問しないと翻訳できない箇所がいくつかありました。山口さんからエージェント経由で著者に質問メールを送っていただきましたが、再校を戻す2日前になっても返信がきません。

さすがに焦って相談したところ、山口さんはあわてる様子なく「そろそろ来ますから大丈夫ですよ」とおっしゃいました。その根拠をしつこく質問すると「いや、なんかそんな気がするんですよねえ。だからきっと大丈夫です」ときっぱり。

果たして翌日、著者から返信がきました!

それ以来、山口さんの「大丈夫ですよ」のひとことにしょっちゅう助けられ、これまで弊社では早川書房の書籍を7言語から合計80冊以上翻訳させていただきました。

翻訳セミナーの第2回目は、その山口さんに

・翻訳作品の選び方、今後の傾向
・翻訳者選びの決め手、また依頼したくなる翻訳者とは?
・翻訳原稿、これだけは困ることは?
・フィクションとノンフィクションの違い
・書籍翻訳をめざす人へのアドバイス

などを具体的におききします。
質疑応答の時間もたっぷり設ける予定です。

いまや早川書房の書籍の統括部長になられた山口さんがどんな風に答えてくださるのか、今から楽しみです!
(Y)

書籍翻訳セミナー(第1回)

書籍翻訳セミナー(フィクション編)の第1回が、
おかげさまで無事に終了しました。

ご参加いただいた方々にお礼申し上げます。
また、セミナーの開催にご尽力いただいた方々にも
あらためてお礼を申し上げます。

第1回は、弊社代表の山本知子が、
「書籍翻訳の現状」と題してお話をさせていただきました。
ほぼ定員いっぱいの80名近くの皆さまにご参加いただき、
会場は熱気に満ちていました。

セミナー第1回

今回のセミナーが、受講者の皆さまにとって、
新しい仕事やおもしろい企画が生まれる機会になればいいなあと、
スタッフ一同、心から願っております。
また、そのために少しでも皆さまのお力になるべく、
残りの7回も心して準備にあたりたいと思います。

次回は、早川書房で編集を統括されている山口晶さんをお迎えして、
「出版社からみた翻訳本と翻訳者 その1」という演題でお話をしていただきます。
ご期待ください。

(S)

翻訳者が使いたがる言葉(気になる翻訳表現 その2)

誰にでも、使いたい言葉があります。

それは、うまく使えば「文章の個性」になりますが、使い方を間違えると「文章の癖」につながります。
多用することで訳文の「癖」となってしまうのに、なぜか、じつに多くの翻訳者が共通して使いたがる言葉……。

その代表格を挙げてみましょう。

*「……つつ」「……しつつ」

 資料に目を通しつつ、昼食をとった。
 徐々に注目されつつある。

同時進行の表現をほぼ自動的に「……つつ」と訳す翻訳者がとても多いです。
間違いではないですが頻出すると疲れます。おそらく古風な表現だからでしょう。
できれば、「資料に目を通しながら……」「徐々に注目されている」にしたいです。

*「……しうる」「……し得る」
手元の訳文にこんな表現がでてきました。

 それは深刻な脅威となり得る。
 私にも果たしうる役割がある。

硬いですよね?
「……脅威となりかねない」「果たせる役割がある」のほうがずっとスムーズに読めます。
ですが、この表現、論文調でない一般の読みものの訳稿でもよくお目にかかります。

*「とある+名詞」

 その男は、とある店の前で立ち止まった。

ああ、これも使ってみたくなるんだろうなあ、と思います。
でもたいてい、訳文のなかで「とある」だけが浮いています。
「ある」だけで充分、不定冠詞を訳す必要がない場合も多いのでは?

これらの言葉は、「不要な言葉」と同じく、日本語として間違っているわけではありません。
文脈や文体に合っていて、たまに出てくるならOKです

ですが、繰り返し使っている訳稿があまりに多いのです。
違和感を覚えるのは私だけなのかしら?と心配になるほどです。
そこで、新聞社に勤め文章講座の講師をしている友人にきいてみました。
友人も私と同じ意見でした。
なぜそれぞれの言葉に違和感があるのかの分析もしてくれましたが、長くなってしまうので、ここではそこまではお伝えできません。

翻訳しながら、カッコいい気がしてついつい使ってしまう(と思われる)言葉、ほかにもいろいろあります。

そういう言葉に気づき、読み手にとってストレスのない言葉に置きかえれば、翻訳のクオリティがアップすることはいうまでもありません。

(Y)

不要な言葉 その3

これまで2回、「不要な言葉」について書いてきましたが、
もちろん、「非常に」や「とても」といった言葉がどんなときにも不要だ、と言っているわけではありません。

強調する言葉は、タイミングよく使えば効果的です。

メールや手紙であれば、「あの作品は素敵でした」と書くより「あの作品はとても素敵でした」と書いたほうが思いがよく伝わります。

ですが、一冊の書籍の中で何度も何度も出てきたら逆効果になるだけでなく、いかにも直訳調のぎこちない文章の一因となります。

たまに使えば効果的だが頻繁に出てくると読者が疲れてしまう例は、ほかにもたくさんあります。

たとえば、「……してしまう」という表現。

驚くほど多くの翻訳者さんの原稿で、この「してしまう」「してしまった」が多用されています。
どうやら、ネガティブな文脈だと「……した」でいいところを、どうしても「……してしまった」と書きたくなるようなのです。

こんな具合に……

 話し合いは不毛な議論に終始してしまい、結局、なんの成果も得られないものになってしまった。

はい、いうまでもなく、

 話し合いは不毛な議論に終始し、結局、なんの成果も得られないものになった。

のほうが、ずっと読みやすいですよね。

さらにいえば、

 話し合いは不毛な議論に終始し、結局、なんの成果も得られなかった。

これがいちばんすっきりしていると思います。

「・・・もの」という言い方も、翻訳初心者がよく使い、まどろっこしい表現の原因となる代表選手です。その話はまた別の機会に……

みなさんは、こういう表現を使いすぎてしまっていませんか?

(Y)

不要な言葉 その2

翻訳における「不要な言葉」の定番の一つに、「…達」「…たち」という複数形の表現があります。

ご存じのように、英語や仏語では複数名詞に「s」が付きます。
訳すとき、これをいちいち「…たち」って複数にしたくなっちゃうんですよねえ。

 その村では、大人も子どももみんな早起きだった。

これでいいのに、原文に引きずられ

 その村では、大人たちも子どもたちもみんな早起きだった。

としたくなる。

以前チェックした訳文に、「友達たち」って言葉がでてきて唖然としたこともあります。その翻訳者さんは、「友達」は単数でも使うから、どうしても複数感を出したかったのでしょう。それにしても……。

いや、私はそんなことはしない、「…たち」は使いすぎないようにしている、という方、では、これはどうでしょうか?

 大勢の人々が見守るなか、三人の子どもたちがダンスを始めた。

そう、お気づきですよね。

 大勢の人が見守るなか、三人の子どもがダンスを始めた。

これでOK。むしろ、このほうが読みやすくありませんか?

書籍翻訳家としてまだ駆け出しだったころ、児童書のベテラン編集者さんに「すでに複数を表わす言葉がついているのですから『…たち』は不要です!」と赤を入れられ、はっとしました。その編集者さんには、ほかにも私の訳文のなかの「不要な言葉」をいくつも指摘していただき、それはそれは勉強になりました。

ですが、そんなふうに指摘や説明をしてくれる編集者はなかなかいません。
たとえ、編集者が訳稿の「たち」を削除してゲラではすっきりした文章になっていても、翻訳者はなかなか気づかないのではないでしょうか。

今回の翻訳セミナーでは(おそらく最終回に)、自分ではなかなか気づけない「不要な言葉」の例もたくさん挙げたいと思っています。

ところで、今回のセミナーについて、地方在住の方から「希望の回だけの参加はできませんか?」というご質問をたくさんいただいています。
検討いたしましたが、今回は8回を通して受講していただくことを前提に申し込みを受け付けているので、残念ながらご希望に添えません。
近い将来、1回だけの講演やセミナーも企画する予定ですので、ご理解いただければ幸いです!

(Y)

不要な言葉(気になる翻訳表現 その1)

先ほどチェックしていた訳文にこんな表現がありました。

 会ったのはほんの数回だけだった。(A)

ん? この文章に何か問題が?
ええ、ないとはいえません。できればこう直したいところです。

 会ったのはほんの数回だった。(B)
 会ったのは数回だけだった。(C)
 会ったのは数回だった。(D)

どうですか?
(B)または(C)で十分、というより、(A)よりすっきりして意味もまったく同じですよね。
「ほんの」と「だけ」を重ねる必要はありません。
むしろ、どちらかのほうが「それしか会っていない」という意図がすっと伝わりまませんか?
あるいは、文脈によっては(D)でもいいぐらいです。

訳文をチェックしていると、こうした「くどい表現」が非常に頻繁に目につきます。

そうです! この「非常に」も不要である場合が多いです。

訳文をチェックしていると、こうした「くどい表現」が頻繁に目につきます。

このほうがいいと思いませんか?
「非常に」や「とても」に当たる語(=英語のvery、仏語ではtrès など)は、西洋言語の原文ではたくさん出てきます。

ですが、それをいちいち「非常に」と訳していると「いかにもこなれてないなあ」という感じがすると、編集者さんたちもよくおっしゃいます。
実際、先ほどの例文と同じで「非常に」を入れないほうがその形容詞や副詞が際立つことが多いのです。

これまで形容詞や副詞を強調する言葉を原文に忠実に「とても」と訳していたとしたら、一度、思い切ってとってみてください!
(Y)

書籍翻訳の現状(セミナー第1回)

おかげさまで、来年1月からの書籍翻訳セミナーには東京近辺だけでなく、遠くにお住いの方からもお申し込みをいただいています。

「聴きにいっていいですか?」と言ってくださる編集者さんも何人もいらっしゃり、みなさまのご期待に応えるものにしなくては・・・と気が引き締まる思いです。

詳しい内容が知りたいという声も多いので、ブログを通じて少しずつプログラムをご紹介していきます。

第1回目は、以下を中心に「書籍翻訳の現状」です。

1)翻訳本の流れ-著者・海外出版社・版権エージェント・日本の出版社と翻訳者の関係
2)訳者になるには?-出版社はどうやって訳者を決めているか?
3)翻訳形態-共訳になるのはどんなとき? 下訳や翻訳協力は実績になる?
4)訳者の仕事はどこまでか?-翻訳、ゲラ校正、あとがきなど
5)出版社との契約-契約書は必ず必要か?
6)書籍翻訳料はどれぐらい-買取? 印税か?
7)電子書籍の現状
8)実務翻訳と書籍翻訳の違い

たとえば、
・海外で面白い本を見つけて、ぜひ自分で訳したいと思ったら、どうすれば訳者になれる近道か?
・原書の中にわからないことがあった場合、訳者は著者に質問することができる?
・書籍翻訳では訳文をだしただけでは終わらない、では、訳者の仕事はいったいどこまで?
・あとがきが必要なのはどんなとき?
・翻訳料が買取りか印税かはどうやって決まる?

などなど……さまざまな疑問にお答えします。

ただし、こうした疑問に対する答えは一つではありません。
出版社によって作品によって、ケースバイケースです。

実際、翻訳者さんのなかには、1、2社の出版社と仕事をした条件がスタンダードだと思っていたら、別の出版社ではまったく違っていて驚いた、という経験をされた方も多いのではないでしょうか。

弊社リベルは、これまでたくさんの出版社・編集者さんと仕事をしてきました。
その経験を踏まえ、さまざまな具体例を挙げて日本における出版翻訳の現状を俯瞰的にお伝えしたいと思っています。

(Y)