コロナ終息にむけて:各国レポート(4)ドイツ

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コロナとドイツとマスク

長谷川圭

私はドイツ在住なのですが、ドイツもコロナに見舞われ、わりと早い時期にロックダウンに踏み切りました。ヨーロッパでのロックダウン事情については、他の方がきっと詳しく報告してくれるでしょうし、メディアでも多く取り上げられていると思うので、本稿では少し違う切り口から、今回の騒動を眺めてみたいと思います。

皆さん、マスクをしていますか? ここドイツでは最近全国でマスクの着用義務が発令されました。といっても、四六時中マスクをするのではなく、スーパーや電車やバスの中など、人が集まる場所では、ということですが、それでも「義務」です。ドイツでマスクの着用が「義務」づけられたのです。ヨーロッパでの生活に詳しい方は納得できると思いますが、これは信じられないことです。なぜならドイツでは、そしてドイツ以外のヨーロッパ諸国の多くでも、つい最近まで、マスクなど犯罪者が顔を隠すためにするもの、というイメージしかなかったのですから。

私はドイツに住みはじめてから27年になりますが、これまで日本に行ったことのあるドイツ人から何度、日本人のマスク好きをからかわれたり、説明を求められたりしたことか。本当にうんざりするほど、「日本人はなぜマスクをするのだ? 人に見られたくないほどブサイクなのか」などと質問されてきました。2000年代にSARSが流行したとき、近所の薬局でマスクがあるかと尋ねたことがあるのですが、そのとき店員は本当にぷっと吹き出して「そんなものがあるわけがない」と言ったほどです。

そのドイツが掌を返したように、マスク着用の義務化に踏み切ったのです。日本ですら義務ではないのに。何がそのきっかけになったのでしょうか? そこには私が今住んでいる街が大いに関係しています。

私はイエナという地方都市に住んでいます。人口11万人足らずのこぢんまりとした街で、大学があって2万人ちょっとが学生。ざっくり言って、人口の5人に1人が学生で、そのうちのかなりの数が外国人留学生ですし、ドイツ人学生の多くも就学中に一度は外国に留学します。そしてもうひとつ、イエナには自慢があります。レンズや顕微鏡などで有名なカール・ツァイス社の本拠地なのです。もちろんツァイスはグローバルに取引をしています。つまり、イエナは近くに大都市のない人里離れた地方都市なのですが、かなり国際的なのです。

そのイエナも当然コロナに襲われました。市は学校も大学も閉鎖しました。スーパーなど不可欠な商店以外の店舗も、レストランも営業が禁止されました。そして4月に入ったころ、全ドイツ人が驚いたことに、他の都市ではまったくそんな話は出ていなかったのに、それどころか国の保健当局が「マスクにはまったく意味なし」と正式に発表していたのに、市議会が独自の判断で、スーパーや路面電車・バスといった人が集まる場所ではマスクを着用することを市民に義務づけたのです。イエナは他の都市と違って高度に国際的なので、中国、イタリア、スペインなどと往来している人も多く、リスクが高い。だから、感染予防につながる可能性のあることはなんだってする、という理由で。

私の記憶が確かなら、4月6日の月曜日からマスクの着用が義務になるという発表が、4月3日の金曜日に行われました。実質、土日を挟んですぐに実施ということです。当時のドイツは他国と同じで深刻なマスク不足に苦しんでいました。医療関係者以外でマスクをもっている人など、あまりいません。そこで、市議会が金曜日のうちにこう追加発表します。「今日か明日中にネットにマスクの縫い方をアップするので、自分で縫ってください。材料を売る店は休業対象から外しますので」。これには、私も唖然としました。自分で縫えって言われても……。たとえ裁縫が得意だとしても、ドイツではそもそも日曜日は店舗が休みなので、材料を買いに行けるチャンスは土曜日の1日だけ。この日を逃したら、(少し街外れに住んでいて、自家用車のない人は)マスクの材料を買うために街まで歩いていかなければならなくなります。マスクなしでは、バスにも乗れないのですから。おそらく抗議や不満が殺到したのでしょう。結局、市議会はその週末のうちに規制を緩めて、「スカーフやバンダナなどで鼻と口を覆うだけでもよしとする」と発表したのでした。

これはドイツの全国ニュースでも大々的に取り上げられ、イエナにはドイツ全土からの注目が集まりました。マスクは本当に有効なのだろうか……。すると、どうでしょう、他の都市では感染者がうなぎのぼりに増えていったのを尻目に、イエナでは感染がさほど広がらず、4月の後半からは新規感染者ゼロの日が続くようになったのです。この結果を見て、他の都市でもマスク着用を義務づける動きがちらほらと現れました。そして5月に入って感染の波が弱まったところで、政府がロックダウンの一部緩和を発表し、その条件として人が集まる場所ではマスクをすることを求めた、という次第です(本当は州政府との絡みなどで、もうちょっと複雑なのですが)。

実際にマスクに感染予防の効果があるのか、マスクを義務づけることによって人々の衛生意識が一般的に高まり、それが結果として感染拡大を抑えたのか、本当のところはわかりません。でも、今回の騒動で「マスク文化」がドイツに定着しそうな勢いです。そのきっかけをつくったのがイエナというわけです。もし、イエナが市民にマスク着用を求めていなかったら、少なくともドイツでは、コロナ禍は違う発展を遂げていたかもしれません。

以上、ドイツでのマスクにまつわる裏話でした。皆さんもマスクをして、手を洗って、この危機を乗り越えてください。


長谷川圭(はせがわ・けい):ドイツ語・英語翻訳家、日本語教師。ドイツ・チューリンゲン州イエナ在住。