「インテリジェント・ロックダウン」を経て緩和策へ
國森由美子
オランダに暮らしてかれこれ36年になります。わたしは、ライデンという人口13万弱の大学町で、オランダ語の文芸翻訳に勤しんでいます。ちなみに、オランダは日本の九州と同程度の面積、人口は約1,700万です。
2月下旬、オランダでは、ちょうど学校の春休み時期に、南部で毎年盛大に催されるカーニバル祭が開催されました。その頃、北イタリアではすでに新型コロナ肺炎の感染者が出ており、そのタイミングで、同地へスキー旅行などに出かけたオランダの人たちがウイルスを持ち帰ったことで、国内初の感染者が発生しました。当初は、冬期のインフルエンザとさして変わらないくらいに捉えていた国民も多く(どこでもそうみたいですね!)、感染に気づかずにカーニバルに参加していた人もいて、まず、オランダ南部で感染者が続出し、やがて感染経路も辿れなくなっていきました。
3月上旬、南部のみならず、他の地域にもじわじわと感染が拡大してきたところで、国立公衆衛生環境研究所の専門家たちと政府がしきりに注意喚起を行うようになりました。まずは、誰もができる有効手段として、石けんを用いてのまめな手洗いが動画を用いた説明とともに推奨されました。日本人としては、これは密かに喜ばしいことでした。なぜなら、それまでオランダでは、トイレの使用後でさえ、手を洗わない人たちをよく見かけたからです。しかし、指の間の隅々まで20秒ほどかけて丁寧に石けんで洗浄するという方法は、わたしも初めて知り、以来ずっと実行しています。これを機に、石けん手洗いがこの国に根づくことを心から願いたいと思います。
ただ、マスクに関してだけは、オランダの専門家がはじめから否定的な姿勢を貫いていました。わたしは特にマスク愛用者ではありませんが、ここまで認めないとは……と、あまりの頑固さに辟易しました。ところが、6月1日以降は、公共交通機関の利用時に限り着用義務、違反者は罰金95ユーロと、いきなり肯定感あふれる規定が発表され、思わず大笑い。電車やバスの車内でソーシャル・ディスタンス1.5mを確保するには無理があるというのがその理由です。
感染者数が恐ろしいほど激増すると、ICUのベッドや人工呼吸器、医療従事者用のマスクなど医療物資の不足についての対策が、国会第二院(日本の衆議院に当たる)で連日必死に協議されるようになりました。そして3月16日、マルク・ルッテ首相(53歳)が全国民に向けてスピーチを行い、次いで同23日には、同首相自ら名づけるところの「インテリジェント・ロックダウン」状態に突入しました。
今回のパンデミック下で、国のリーダーの裁量が云々されることも多い昨今ですが、オランダのルッテ首相は、かなり国民の信頼を得た感があります。理路整然と、かといって上からものを言うのではなく、自分の言葉で十分あまり、ただのひと言も言いよどむことなく真摯に語りかけ「この困難な時を1700万人の全国民みなで乗り越えていきましょう。一人一人の力を頼みにしています」と、スピーチをしめくくったルッテ首相の支持率は、なんと70%以上に上昇したそうです。
この「インテリジェント・ロックダウン」では、在宅テレワーク勤務などの基本ルールのほか、イベント全面禁止、博物館などの施設の閉鎖、飲食店休業(テイクアウト可)、学校閉鎖とそれに伴うオンライン授業、成人は3人以上の集団行動禁止など、それなりの不自由な縛りがありました。しばらくすると各種規制が強化され一部罰金も発生するようにもなりましたが、首相のスピーチが功を奏したのか、厳しいロックダウン状態にある他の国々のようすをニュースやネットで見ていたためか、国民の側も驚くほどよく守っていました。極力ステイホームでも、散歩程度の外出が禁じられていたわけではなかったので、適当に息抜きもできていたと思います。また、少しでも楽しく過ごす工夫を見聞きすることも少なくありませんでした。
結局約一か月半に及んだこの期間を経て、5月11日からは、小学校がオンラインから通学再開へ移行するなど、緩和策の第一段階が始まっています。
現時点2020年5月26日付の新型コロナ肺炎関連の正式な数字(※)は、以下のとおりです(オランダ国立公衆衛生環境研究所のページより。かっこ内は、前日までの累計)。
感染陽性者133(45,578)名
入院者10(11,690)名
死亡者26(5,856)名
※実際にはもっと多いだろうという注がついています。
これを見ると、第一波が収束を迎えようとしていることがわかります。
6月1日以降には、緩和策の第二段階に入ります。飲食店の営業再開、中高等学校の通学再開、博物館など文化施設の再開など、かなり幅が広がる予定です。もちろん、さまざまな対策を講じながらではありますが、ウイルスがなくならない以上、今後はすべて未知数だと思います。
わたし自身は、自宅で翻訳仕事や家事をしながら、3月下旬からはスカイプを通じて小学生のピアノのレッスンを続けています。小学校の通学が再開してから約2週間、さらにもう2週間ほどようすを見て、対面のレッスンを再開するかどうか検討しようと思っています。
現在のオランダは、夏時間で日が長く、午後8時を過ぎても真昼のような明るさで、輝く緑や花、鳥のさえずりに満ちた過ごしやすい季節です。この美しい季節に助けられながら、とにかく一日一日を過ごしていこうと思っています。
國森由美子(くにもり・ゆみこ):オランダ語文芸翻訳者、音楽家。オランダ・ライデン在住。