コロナ、さらに猛威を振るうか?
大橋正明
大国インドとビルマ(Myanmar)に挟まれた、ガンジス川の河口デルタに位置するバングラデシュは、日本の四割程度の国土面積に人口は1.6億人。都市国家を除くと世界でもっとも人口密度が高い国だ。ここ10年間以上、中近東や東南アジアなどへの出稼ぎ労働者の送金と中国に次ぐ規模の縫製品の製造・輸出で、年率5%以上という順調な経済成長を続けてきたが、まだ低所得国だ。首都などの大都市には輸出業などで儲けた富裕層は一定数いるが、民衆の多くは、都市のスラムか農村部で暮らしている。
ところが今般の世界的な新型コロナ感染症の流行で、この国の経済には急速に黒雲がさしかかっている。というのは、出稼ぎ労働者の大半が職と収入を失い、海外送金が止まったからだ。さらに悪いことに、こうした労働者たちは、狭い部屋に集団で暮らしていたので、その多くが新型コロナ感染症に感染して帰国便を待っている状態だ。こうした人たちが順次帰国する際には、政府が2週間の隔離を行うべきなのだが、それだけの力はない。おそらく政府は、彼らの大半をそのまま帰宅させて自宅待機を求めるだろうが、家族との隔離も不充分なため、この伝染病が全国に拡散されることになる。さらに世界的不景気で輸出も振るわず、縫製業で働く400万人の労働者の四分の一が職を失ったと言われている。つまり、この国の経済を支えていた海外送金と輸出という二本の大黒柱が傾いているのだ。
バングラデシュで最初に感染が確認されたのは、3月7日。その日にイタリアから帰国した3人が感染源だった。その後、感染の目立った拡大は見られなかったが、4月に入ってから急激に感染者数が増えていった。5月29日には、一日当たりの感染者数が初めて2,000人を超して2,029人となり、累計感染者数は40,321人。しかし、死者数は559人と際立って少なく、死亡率は1.4%なので日本の三分の一程度だ。
この低い死亡率は、南アジア諸国に共通しており、同時期にバングラデシュやパキスタンより医療体制が整っているインドの死亡率は2.84%、パキスタンは1.92%である。この低率の理由は、医療や統計の体制が不充分で感染者のその後の消息を追えないからなのか、彼/彼女たちのDNAに秘密があるのか、それとも死亡率削減効果があるといわれるBCGを含めた予防接種が行き届いているのか、それらが混在しているのか、現段階では不明である。
バングラデシュ政府は、特別休日という形で3月26日以降ロックダウンを始めたが、5月末のイ―ド(イスラム教のお祭り)明けの5月31日からは、学校を除いたすべてのオフィスを再開させる。なお、同国にとって生命線の縫製業の多くの工場は、5月の初めからすでに操業を開始している。
今回のロックダウンや景気後退の影響を受けた貧しい500万世帯(全世帯の14%程度)の救済ために、バングラデシュ政府は5月上旬、2,500タカを携帯電話を通じて支給する、と表明した。2,500タカは日本円でいうと約3,300円。日雇い労働者の4〜5日分の日当、米なら40キロほどに相当するので、十分とはいえないものの、これで一息はつける。しかしその後、この対象に選ばれた世帯は富裕層だとか、同一の携帯番号から多くの申請がされている、といった指摘が相次いでいる。また対象世帯をもっと増やすべき、という声もある。
もう一つの大きな不安は、バングラデシュ南部のキャンプに暮らす約100万人いるロヒンギャ難民への新型コロナ感染症の流行だ。この人たちはミャンマーで国民扱いされていなかったため、予防接種を受けていないだけでなく、人口密度が異様に高い三密状態のキャンプに閉じ込められている。キャンプや周辺の医療体制も極めて貧弱だ。今後、ここで流行したら大参事になるのではないかと心配されている。
大橋正明(おおはし・まさあき):聖心女子大学教授、