コロナ終息に向けて:各国レポート(11)オーストラリア

australia

早めの対策で危機を乗り切ったオーストラリア

徐廷美

オーストラリアでは、3月下旬に感染者数のピークを迎えた。しかしその後、4月10日頃には一日の新規感染者数が100人を割り、現在では20人を下回っている。感染者の総数は現在(5月20日)までに7,079名で、死亡者数は100名。死亡者の多くが70歳以上の高齢者だが、日本のように高齢者施設でクラスターが発生した例は数件だった。

国内での爆発的な感染を防止できたのは、感染対策が早期に実施されたおかげだろう。国内感染者の6割以上が海外で感染しており、その27%は早い段階で感染源が特定されていたため、オーストラリア政府は旅行者の入国を原則禁止し、そのほかの入国者については14日間の強制隔離を義務づけた。結果的に、爆発的な感染を防止でき、現在までの総検査数は1,111,567件で、陽性率は0.6%となっている。検査希望者が検査を受けられないという話はいまのところ聞いたことがない。

3月下旬からは、幼稚園から大学までのすべての学校が閉鎖され、オンライン授業に移行している。また、多くの職場ではリモートワークが行われ、教員も自宅から授業を配信するなどしている。食料品等の買い物、通院、やむを得ない通勤や通学を除く不要不急の外出は認められておらず、家族以外で3名以上が集まることも禁止された。悪質な違反を犯した場合には、逮捕されることもある。図書館、美術館などの公共施設、レストラン、バー、フードコート、ジム、ビーチ、映画館などの娯楽施設はすべて閉鎖。ただし、スーパーなどの食料品店、薬局、雑貨店は営業しており、飲食店は持ち帰りのみ営業が許されている。

3月以降、感染者数の増加にともない、一部の人の買い占めによってトイレットペーパーが店舗から姿を消した。さらに米、小麦粉、パスタ、缶詰類といった保存がきく商品も品薄になった。そうした事態を解消するため、大手スーパーでは、高齢者が品薄の商品も手に入れられるように、通常よりも早い時間に店を開けるなどの工夫も行われている。スーパーの入り口には手指消毒剤が置かれ、1.5mのソーシャルディスタンスが保たれる程度の入店制限も実施されている。

政府はマスク着用を推奨しておらず、病院でさえ、マスクを着用するのは感染症患者に対応するときのみである。町中では、特にアジア系と思われる人はマスクを着用していることが多いが、実際にマスクをつけている人は全体の2~3割といったところ。マスクの品薄状態はいまもつづいているが、雑貨店などで通常より高い値段で売られていることもある。現在、オーストラリアの医療機関では、緊急時以外の外科手術が原則禁止されている。マスクやガウンといった感染対策に必要な物品の確保に力を入れたために医療機関でマスクやアルコール消毒剤が足りなくなったという話は出ていない。

政府は、失業者を始めとして、収入が減った個人や家庭に向けて補償を行っている。また、事業者への補償や年金の早期還付等のサービス、隔離政策が原因となって起こる家庭内暴力を防止したり、メンタルヘルス問題を解決させたりするための予算増も行われた。モリソン首相と各州の首長はほぼ毎日オンラインの記者会見を行っているので、国民はコロナ感染症に関する最新情報を知ることができる。

とはいえ、新型コロナウイルスによる経済的影響は大きい。政府はつい先日、感染者数の減少を受け、段階的に隔離政策を緩和して経済の再活性化に向けて始動すると発表した。5月11日からは、小学校、中学校、高校で人数を割り振って週1回の通学授業が開始され、25日からは全面的に通常登校となる。隔離政策は3段階にわたって緩和していく方針だという。第一段階では、他の家庭への訪問(最大5名まで)、職場や公共施設における集会(最大10名まで)が許可されるほか、レストランやカフェが営業開始、図書館やコミュニティセンターも再開される。これが、5月15日より開始されている。第二段階ではジムや映画館などの再開が許可される。第三段階では、100名までの集会が許され、バーやサウナを含むあらゆる娯楽施設が営業を再開するという。ただし、1.5mのソーシャルディスタンスの確保と、アルコール消毒や手洗いなどの衛生管理は引きつづき推奨される。

こうした動きを通して、オーストラリアは爆発的感染と死亡者数の増加を防いできた。さらに隔離政策への国民の適応が非常にスムーズだったことを考えると、オーストラリアのコロナ対策はおおむね成功しているといえるのではないだろうか。


徐廷美(そ・じょんみ):オーストラリア・シドニー生活6年目。日豪両国の看護師資格をもち、現在は大学院で看護学を専攻している。

コロナ終息に向けて:各国レポート(10)ニュージーランド

newzealand

コロナを封じ込めたニュージーランド、次なるフェーズへ

目時能理子

私の住むニュージーランドでは、新型コロナウィルス感染の波が到達した早い段階で、厳格なロックダウン政策が打ち出されました。その成果が出て、最近の新規感染者は連日ゼロから多くて数名。今週からは封鎖がほぼ解除され、経済の立て直しに焦点が移っています。

「ウイルスの封じ込め」という意味では、有数の成功国となったニュージーランド。ここでは一連の流れから、実際のロックダウン下の生活はどうだったかを振り返ってみたいと思います。

3月26日、ニュージーランドは警戒レベル4(最も厳しいレベル)となり、ロックダウンに入りました。「バブル」と呼ばれる一つ屋根の下に住む人たちごとに自主隔離が求められ(バブルは基本的には家族単位ですが、ニュージーランドにはシェアハウスをしている人も多いので、その場合はシェアメイト同士がバブルを構成)、学校は閉鎖となり、子どもたちはオンライン授業などで自宅学習。大人は医療関係や食料品販売など「必須業務」でない限り、自宅勤務となりました。

店舗はスーパーマーケットと薬局以外ほぼ閉店。市民が外出できるのは、食料品や医薬品の買い出しと、バブル単位での近所の散歩だけに限られました。たとえ親子であっても、離れて暮らしていれば会うことができなくなりました。

ロックダウンに入る数日前、ニュージーランドの女性首相ジャシンダ・アーダーン の発表を聞いたときは、これからどうなるのだろうと不安がよぎりました。ですが、過ぎてみれば特に混乱もなく、市民のあいだにも比較的リラックスした雰囲気が漂っていたように思います。

その要因としては、都市封鎖と給与補償がセットになっていたことがまず挙げられるでしょう。自宅で仕事ができず、働けない人々(飲食業や小売業など)には、常勤者であれば週に585.80NZドル(約38,000円)、パートタイム勤務であれば350NZドル(約23,000円)が政府から支払われることになりました。「お金の心配はしなくていいから、家にいて下さい」というわけです。ニュージーランド警察は、「史上初、テレビの前に寝そべって何もしないだけで人類を救える」というユーモラスなキャンペーンを打ちました。

次に、政府の一貫した明確な方針の説明も人々に安心感を与えていたように思います。毎日13時から開かれるアーダーン首相とブルームフィールド保健省長官の記者会見では、国内で起こっていることと今後の見通しが明快に語られ、私を含め自宅にいるしかない市民にとっては会見を見ることが一種の楽しみでもありました。

日常生活では、道路を行き交う車が格段に減り(連日、元旦の朝のような静けさ!)、散歩をする人の数が確実に増えました。道で出会ったら、2mのソーシャルディスタンスを取りながら、「Hi」とあいさつを交わし、すれ違います。スーパーに買い物に行くと、入場制限によって、店の外で2mの距離を保ちながら入店する順番を待ちました。品揃えは比較的充実していましたが、小麦粉、イースト、パスタなどの在庫がないことも多かったです。

感染経路が特定され、新規感染者数の抑制が進んだ4月28日からは警戒レベル3に移行、それまで一切できなかった食べ物の持ち帰りやドライブスルー、デリバリーが許可されました。初日にはファストフードのドライブスルーに車が長蛇の列をつくり、新聞の見出しを飾りました(ニュージーランド人はファストフード好きが多いように思います)。

5月14日にはいよいよ警戒レベル2となり、会社や店舗、学校の再開が決まりました。数々の制限はありますが、外食や国内旅行も解禁され、ウイルス排除から経済立て直しへの新たなフェーズに入ったといえます。今はウイルスをコントロールしたうえで経済などを再開していく出口戦略の段階にいます。

ニュージーランドの一大産業である観光業などが大きな打撃を受けていることや、世界的に見れば終息への道のりは不透明なことを考えると、一筋縄ではいかないことも予想されますが、人口500万に満たない小国ならではのチームプレイで、なんとかこの難局を切り抜けたいです。

現在、日本-ニュージーランド間の飛行機は飛んでいません。早く運航を再開し、安心して行き来できる日が再び来ますように。


目時能理子(めとき・のりこ):イタリア語・英語翻訳家、英語・イタリア語コーチ、ニュージーランド・オークランド在住。

コロナ終息に向けて:各国レポート(9)イギリス

great britain

まだ出口は遠いイギリスより

安原実津

イギリスでは、3月下旬からロックダウンが続いています。ヨーロッパの他の国とくらべると、遅めのスタートでした。イギリス国内で感染者が増加しはじめたのが遅かったことも一因ではあると思いますが、政府は当初、国民の大多数を感染させて「集団免疫」を獲得することで流行を終わらせる方針をとっていたからです(厳密に言えば、政府がそう明言したわけではないのですが)。実際にジョンソン首相は、コロナ対策に関する演説で、集団免疫の成立を目指しているとしか思えない発言をしています。また、政府の首席科学顧問が集団免疫の有効性についてインタビューで語ったことからも、イギリス政府の基本方針は集団免疫戦略だったというのが大方の見方になっています(ただし保健相はこれを否定しています)。

ところがその後、社会的な封鎖政策をとらなかった場合、集団免疫ができるまでに最大で25万人の死者が出るとの研究報告書が発表され、政府は方針を変えました。コロナ対策の首相演説がおこなわれたのは3月12日、研究報告書が出されたのは同月16日。イギリスでのロックダウンが始まったのは同月23日だったので、短期間でイギリスのコロナに対する政策が大転換されたことになります。

ロックダウンが始まって、生活必需品を売る店以外はほぼすべて閉鎖されました。ただ、別世帯の人と会ってはいけないなどの決まりはありましたが、はじめから一日一度の運動目的の外出は許可されていて、行動範囲にも制限はありませんでした。規則をやぶった場合には罰金が課せられますが、街はものものしい雰囲気ではなく、交通量が減った道路でサイクリングを楽しむ家族連れなどをよく見かけるほどです。

イギリスでは、NHS(国営の医療制度)のスタッフを応援するために、子どもたちが自宅で描いた虹の絵をSNSにアップする運動が広まっています。また、幹線道路沿いにある巨大な広告板のほとんどが、「ありがとうNHS」といったものや、NHSへの感謝のツイートを呼びかけるものに変わっていたりして、国民一丸となってこの危機を乗り切ろうというポジティブさも感じられます。

とはいえ、ロックダウンが長引くにつれて、行動や娯楽が制限されることへの人びとのストレスはたまってきています。5月に入ってから、ヨーロッパ諸国では徐々にロックダウン解除の動きが出はじめたので、イギリスでも変化があるのではと期待していたのですが、まだまだ先は長そうです……。

1対1でなら屋外で人と会えるようになったり、自宅で仕事ができない職種の人が仕事に復帰できるようになったりと、緩和の動きはいくらか見られたものの、学校が一部再開されるのは早くても6月以降、美容院やレストランなどの営業が許可されるのは早くても7月以降だそうです(イングランドの場合)。違反者に課される罰金も増額され、ロックダウンとともに始まった休業補償制度も10月末まで延長されました。もとの日常が戻ってくるまでにまだまだ時間がかかるのかと思うと、気が遠くなりそうです。でも、イギリスの死亡者数がイタリアを超える3万4,000人を突破していることを思えば、仕方がないのかもしれません。

ロックダウンが始まってから自宅で仕事をするようになった夫は、ほぼ毎日、カヤックでテムズ川に繰り出しています。川の上ならソーシャル・ディスタンスの心配をする必要もないですし、運動にもなって一石二鳥なのだそうです。運動が不得手な私は、テムズ川にカヤックを漕ぎに行ったことはないのですが、今後しばらくこういう生活が続くのであれば、気分転換にテムズ川に繰り出してみようかなと思っています。


安原実津(やすはら・みつ):ドイツ語・英語翻訳者。イギリス・ロンドン在住。

コロナ終息に向けて:各国レポート(8)コロンビア

colombia

今後もまだ不確実な中南米

ゴンサロ・ロブレド

私はコロンビア人のジャーナリストで、1981年から日本で暮らし、主にスペイン語圏諸国のメディア向けに、記事や映像で日本のニュース・文化を紹介しています。本記事では、南米の新型コロナウイルス禍に関するレポートをお届けします。自分の体験ではありませんが、中南米、特にコロンビアがこの事態をどう受け止めているか、ニュースや知人から入手した情報を簡単にお伝えしたいと思います。

中南米全域を見渡してみると、コロナのパンデミックに対し、2通りの反応がありました。大半の国はパンデミックを恐れて何らかの対策を取りましたが、ブラジルやメキシコやニカラグアのように、ウイルスの脅威を軽視して向こう見ずな対応をした国もあります。

ブラジルのボルソナーロ大統領は「新型コロナウイルスはちょっとした風邪だ」と言い放ち、メキシコのオブラドール大統領は、外出自粛宣言以降も自分の支持者たちにハグやキスをしてまわりました。5月の2週目時点で、ブラジルでは1万人以上、メキシコでも3,000人以上の死者が出ています。この2か国が中南米のなかでも際立って高い死者数を記録しているのは偶然ではないでしょう。今年の3~4月期の世界の死者数を前年と比較したニューヨークタイムズ紙の調査では、ブラジルやメキシコでの死者数は、実際はもっと多く、これからも増加するだろうと指摘されています。

さらに、その調査によると、エクアドルでは死者数が2か月で84%増加しています。インフラや医療システムが整備されていない同国の貧しい地域では、遺体の収容が間に合わず、人々はコロナが原因で死亡した家族の遺体にビニールをかぶせて、家の前の道路に放置せざるを得ない状態にあるといいます。急遽つくられた共同墓地に毎日トラックで運び込まれる棺も、埋葬する人手が足りないので、感染を防ぐためにラップが巻かれて安置されているそうです。

一方コロンビアでは、国連が世界中に呼びかけたコロナ禍での休戦要請に応じ、ゲリラ組織ELNが武器を置きました。ELNは、2016年に政府と別のゲリラ組織FARCが52年ぶりに和平合意に至った際も、停戦協定に加わることなく活動を続けてきた組織です。

また、ウイルスの危機に対する保守派政権のイバン・ドゥケ大統領と、首都ボゴタの市長を務める中道左派のクラウディア・ロペスの対応の違いが際立っています。ロペス市長は、ボゴタ市初の女性市長であると同時に、初のレズビアンの市長でもあります。3月6日に最初の感染者が発表されると、市長は4日間の厳しい「外出禁止訓練」を実施しました。これは、大統領がようやく国内全土に外出禁止令を出す1週間ほど前のことです。

ロペス市長はまた、マスクの着用を義務づけ、違反した人には法定最低賃金に等しい金額(約2万6千円)の罰金を科しています。市長は当初、偶数日・奇数日に分けて性別による外出許可制を計画しました。トランスジェンダーの人は、どちらの性別の日に外出するかを自分で選べます。しかし、パンデミックの危機管理でただでさえ多忙な警察官に負担をかけてしまうということで、このこのルールは取りやめになりました。

ボゴタの家庭では、食事の習慣が大きく変わりました。家族が揃って食事をするようになり、自宅でアレパという伝統的なパンを焼く人が増えたそうです。アレパとはトウモロコシの粉でつくるパンですが、これまでは出来合いのものを買ってくる家庭がほとんどでした。コロナ禍がいつまで続くかわからないため、ボゴタの人たちはこれまで食べていたファストフードやスナックをやめて、長期保存が可能で栄養価が高いレンズ豆やインゲン豆といった豆類をたくさん買うようになったといいます。広大で肥沃な土地をもつコロンビアですが、米国との通商条約により、国内の農産物は安い米国産の食料に市場を奪われつつあります。野菜や豆が注目されることで、都会の人たちも、自国の農業の価値を改めて意識するようになったようです。

人口約5,000万人のコロンビアですが、感染者数は1万人、死者数500人という状況で、5月11日、ドゥケ大統領は段階的に商業の再開を認め、日常の生活に戻していくと発表しました。ロペス市長はそれに対し、「大統領の命令なら仕方がないが、その責任は大統領にとってもらう。私たちの責任は、注意を怠らないこと。これからは、一人ひとりがコロナウイルスに感染しているつもりで、厳しく注意深く行動しなければならない」と警鐘を鳴らしました。ロペス市長の支持率は89%にアップ。政治評論家たちは、市長と大統領の違いが「効果的な緊張感」を生み出しており、ひとりのリーダーによる間違った対策を回避でき、よりよい問題解決につながっていると評価しています。


ゴンサロ・ロブレド:コロンビア出身のジャーナリスト。スペイン語翻訳者。1981年より日本在住。スペインのエル・パイス紙に寄稿した記事:https://elpais.com/autor/gonzalo-robledo/

コロナ終息に向けて:各国レポート(7)韓国

south korea

コロナ2か月間の韓国

殿垣くるみ

韓国に来て2か月半が経とうとしている。そのうち何とかなるだろうとのんきな気持ちで留学生活をスタートさせたが、世界中でコロナが猛威を振るう様子を見ながら、自身の考えが甘すぎたことを思い知った。ただし、韓国は現在も予断を許さない状況ではあるものの、新型コロナウイルスの感染については収束に向かいつつあるといっていいだろう。5月6日に「社会的距離の確保」から「生活防疫」への移行が宣言され、2年間の細かな生活ガイドラインが発表された。

やっとここまできたという嬉しさと、これから先、2年間はコロナ以前の生活には戻れないことへのショックを同時に感じた。それでもこの発表は、韓国政府がコロナ災禍という事態を、責任をもってとらえているという姿勢の表れでもあり、韓国民は安堵したと思う。実際に現在、1,000か所で呼吸器クリニックを設置するなど着々と準備が進められ、ニュースや新聞記事では、ピーク時の現場の様子やその対策について振り返る内容のものが多く見受けられる。韓国は今、過去の経験と反省を糧に新たな準備をしている段階だ。

私が韓国に来た当初(2月終わり)は、やはり出歩いている人は少なかった。実際に、多くの韓流ファンは、SNSでシェアされていたようなまったく人がいない観光地の写真を見てショックを受けたのではないだろうか。でも私はむしろ、市民が利用する市場や店などに想像していたより人がたくさんいることに驚いた(もちろん通常よりは少ないとは思うが)。

4月からは、テスト勉強をする多くの学生たちと同じように、私もカフェをよく利用するようになった。5月6日の解除を契機に、旅行や買い物に出かける人が格段に増えたが(「リベンジ・ショッピング」と呼ばれている)、それ以前から、ソウルでは店やデパートが自粛も休業もすることはなく、市民たちも通常より外出等は控えつつも普段とあまり変わらない生活を送っていたと思う。

seoul

2020年3月6日(金)の市場の様子

ただ、その陰には徹底した対策があった。まず、PCR検査の呼びかけが幅広く行われていた。3月初旬に地下鉄を利用した際には、駅構内で韓国語、日本語、英語、中国語で、疑わしい症状が出たらすぐに連絡してほしいと連絡先についての放送が流れていた。また政府は、不法滞在者であっても今回だけは逮捕や取り締まりはしないと表明し、症状があれば必ず受診してほしいと発信した。そういった人たちを雇用する会社にも政府が直接呼びかけるなど、韓国語が分からない外国人や不法滞在者にも幅広く検査にアクセスできるように工夫している。

マスクについては、一時期、韓国でも不足していたが、韓国政府がマスクの流通をすべて管理し、国民すべてに適正な価格でマスクが行き渡るように「曜日制」でのマスク販売を開始。生まれ年の数字を曜日で割り振り、その曜日に薬局に行くと、2枚まで購入することができる。外国人登録証を持っていれば外国人でも購入できる。また、外国人登録証の発給待ちの時期があった私の場合でも、在籍している大学から無料でマスクを受け取ることができた。3月上旬には薬局以外でも適当な価格でマスクが売られているのを見かけていたので、マスクが不足した期間は短かったと思われる。

次に、日々更新される情報についてだが、国内・国外感染者、死亡者、隔離者、隔離解除者、検査数が毎日公表されるので、感染者の感染ルートも個人情報を最低限保護しつつ把握できる。毎日陽性者に関してアップデートされた情報が、近隣の区庁から携帯電話に通知された。このように、情報が日々公表され、その信頼が担保されているからこそ、韓国では買い占めやフェイクニュースで混乱することはなく、どれくらい警戒すべきかなど一人一人が考える基準を持つことができたと思う。

現在私が住んでいるソウルの感染者、死者数はどちらも少ない。死者数に関してはいまだ2名である。日本を含め、他国では首都が甚大な被害を受けるなか、ソウルで現在までこの状況を保つことができた点は、コロナ感染への対策について今後、各国を比較する際に注目すべき大きな要素になるかもしれない。

ただ、5月6日に「社会的距離の確保」が解除されたからといって予断は許されない。5月7日にソウル市内のクラブで集団感染が起こった。5月16日時点で、161人の感染者が確認されている。ソウル市内では感染者ゼロが2週間以上続いたという記録もあっけなく終わり、あらためて気の抜けない状況下にあることがわかった。

2月に1,000人規模の集団感染が発生した地方都市と同じく、7日の件でも韓国政府は徹底した封じ込め政策を行おうとしている。7日の集団感染の場合は、感染源とされる感染者が検査を受けるのが遅く、2,000人以上が接触した可能性があったため、政府当局は接触者への連絡を行い、7日の集団感染の現場のクラブに、連休をはさんだ6日間に入場した7,000人全員に検査を施すことを決定した。その後、さらに検査対象を広げ、現在(16日)、7日の集団感染関連で検査を受けた人は4万6,000人余りに上る。

もちろん韓国も多くの課題を抱えている。一部地域では支援金の対象から外国人を除外したり(のちに撤回されたが)、営業禁止令が出たクラブへの休業補償、また7日の感染者がゲイクラブに出入りしていたことも強調し発信され、同性愛を嫌悪するような発言も多く見られた。非常時だからこそ差別や偏見が露呈され、必要とされる支援が後回しになる。ただ、こうした課題はどの社会にもある、と私は思っている。重要なのはその課題を認識し、議論し、前進していこうという意思が社会にあるかどうだろう。

コロナ真っ只中ではあったものの、韓国では国政選挙が無事行われ、投票率は00年代の議員選挙で一番高かった。結果は、現文在寅政権を支える与党の圧勝。韓国市民が選挙によって下した現政権への中間評価が、さらに社会を前に進めていくだろう。今後、韓国社会がコロナとどう向き合っていくのか、ソウルの片隅から観察していきたい。


殿垣くるみ(とのがき・くるみ):韓国ソウル在住。一橋大学大学院修士課程在学中。

コロナ終息にむけて:各国レポート(6)アメリカ

united states of america

変化するいつもの風景

N.K.

5月11日現在、ジョンズ・ホプキンス大学の報告によると、アメリカ全体のコロナウイルス感染者数は134万人以上で、世界感染者の約3分の1を占める。患者数のもっとも多いニューヨーク州では減少傾向にあるが、ペースは非常に遅くアメリカ全体の感染者数は今も増え続けている。アメリカ全土の死亡者は8万人を超えた。

3月13日、トランプ大統領は国家非常事態を宣言した。これによりコロナウイルス感染拡大防止への取り組みに500億ドル(約5兆4000億円)の拠出が可能になり、州や自治体の対策への資金援助、中小企業に対する融資、連邦政府提供の学生ローンの利払い免除、保健福祉省の医療規制緩和など、さまざまな対策が進められている。具体的な対応は州や自治体によって異なり、現在も20以上の州で「stay-at-home order」、いわゆる外出禁止令が出ているが、徐々に規制緩和を進めようという動きもある。

外出禁止令が出ている地域では学校も閉鎖されたが、今では多くの学校でオンライン授業に移行、そして企業も可能な限りテレワークに移行しているようだ。外出はスーパー、薬局、病院など、生活に必要最低限の範囲に限られ、図書館、映画館、ジムなどはすべて閉まっている。

レストランでは店内での飲食はできず、テイク・アウトやカーブ・サイド・ピックアップと呼ばれるサービスのみで営業を続けているところが多い。カーブ・サイド・ピックアップとは、事前にネットや電話で注文した商品を店の駐車場など指定されたところまで取りに行くシステムだ。スーパーでもこのサービスを提供しているところがあり、我が家も4月に入ってから週にいちど利用している。調達した食品のうち、すぐに使う予定のないものや冷蔵庫に入れる必要のないものはそのまま車庫に数日放置しておき、その他の商品は裏庭にあるデッキのテーブルに並べ、ひとつずつ除菌ワイプで拭いてから家に運び込んでいる。

カーブ・サイド・サービスを利用せず、店内で商品を選んで購入している人の方が多いようだが、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離の確保)のために店内は一方通行になっており、最近アメリカでも一般的になりつつあったエコバックの使用も禁止されている。もちろん、今はどの店でも店員も客もマスク着用は必須だ。運動のための散歩やジョギング、そして犬の散歩は許可されており、我が家もできるだけ家族揃ってウォーキングをするようにしている。散歩中はマスクをしていない人が多いが、すれ違うときにはみんな、社会的距離を保つよう心がけているようだ。

先日、4月の雇用統計が発表された。農業分野以外の就業者数は前の月と比べて2050万人減少、失業率は14.7%となり、大恐慌直後の水準まで悪化した。生活困窮者を支援するフード・バンクには無償で配られる食料品を求めて長蛇の列ができているという。メディアの報道もウイルス感染関連だけでなく、これからますます深刻になるであろう経済や雇用問題に関するものが増えている。

私が働く大学では、2月下旬ごろから、大学の建物の出入り口やエレベータの昇降口などに消毒噴霧器が置かれるようになった。留学やインターンシップで日本に行っていた学生たちに大学からアメリカへの帰国指示が出たのも、このころだ。しかし、そのときはまだ日常生活にはさほど大きな変化はなく、マスクをしている人も皆無だった。アメリカの大学では3月に1週間ほどの春休みがあり、多くの学生が帰省や旅行で各地を移動する。春休みを前にして、私の周囲でも徐々にウイルス感染拡大を懸念する声が聞かれるようになった。そして春休みに入るとすぐに、大学の授業をすべてオンラインに移行するとの連絡が入った。そのころからウイルス感染に対する緊張感が急に高まった気がする。

私はオンライン授業への移行が決定してから実行までの約10日間、休み返上で準備をして、オンライン授業に挑んだ。学生のなかには、予定されていた留学がキャンセルになってモチベーションをなくしたり、ウイルス感染への不安や閉塞感からストレスが溜まり、授業に参加できなくなったりした学生も少なくない。コロナウイルスに翻弄された春学期は4月末にとりあえず終了したが、今後そのような学生たちのケアも大きな課題になるだろう。

大学に勤める者としてとくに気になるニュースがある。今日現在、オンライン授業に対して不満を持った学生たちが学費の一部返還を求めて全米26の大学に対し集団訴訟を起こしているというのだ。8月末から始まる秋学期もオンライン授業になるのか教室に戻ることになるのか、まだ決定していない大学も多い。

我が家でも自宅待機が始まったころ、外では春の花がちょうど咲き始めていた。その後、庭の桜も昨年同様きれいに咲き、今ではすっかり葉ばかりになってしまった。いつもの散歩コースには、いつのまにか新緑が茂って、木陰ができるようになっていた。いつも通りのそんな時間の流れ方が、今年はちょっと違って感じられる。


N.K.:大学講師。アメリカ東部在住。

コロナ終息にむけて:各国レポート(5)マダガスカル

madagascar

インド洋の島国マダガスカルにおけるコロナウイルス感染防止の舵とり

フランス語情報センター翻訳チーム

マダガスカルは、現地語では好んで「先祖の土地」を意味する「タニンヂャザナ」と美称され、バオバブの巨木や高品質のバニラで知られる、アフリカ最大の島国です。1960年にフランスから独立し、日本の1.6倍の国土に約2,700万の人口を擁するこの国は、46歳のアンドリー・ラジョリナ大統領の指揮下、世界の最貧諸国の常連からの脱出をめざしています。

つい先日まで、新型コロナウイルス感染者数の増加は連日1桁台で推移し、マダガスカル政府主導のコロナウイルス対策が感染の拡大防止に奏功していたかと思われていました。ところが、5月7日分の政府発表で突如35人の新規感染が明らかになり、現地消息筋の抱いていた密かな危惧が、いきおい現実味を帯び始めた感があります。

最新の5月13日分の政府発表によると、マダガスカル国内の累計感染者は212人、累計快復者は107人、入院者は105人、重症者および死亡者はなし。13日の新規感染者は20人、このうち15人が沿岸部の港町トアマシナ(別称タマタブ)、3人がバオバブ街道で有名なムラマンガ、2人が首都のアンタナナリボに在住する者です。なお、実施されたPCR検査は、5月10日までに4,481件。

マダガスカルにおけるコロナウイルス対策は、3月22日、ラジョリナ大統領がマダガスカル全土における15日間の国家保健緊急事態を宣言して本格的に始動しましたが、4月19日からは段階的な緩和措置へ移行しています。緩和後の主要規制は以下のとおり。

・車両利用(徒歩を含む)での移動可能な時間は6時から13時まで。
・違反者に罰則を設けたマスクの着用義務の継続。
・大都市圏3県アナラマンガ(首都アンタナナリボの所在県)、アチナナナ(トアマシナの所在県)、オート・マツィアチャ(フィアナランツァの所在県)の住民の県外移動禁止。
・夜間の自宅外出禁止時間の短縮(21時から午前4時まで。3月22日以降緩和までは20時から午前5時まで)。
・50人以上の集会、家族の祝宴、スポーツイベント、文化イベントの引き続き禁止。
・民間企業の業務再開を各企業の判断に委ねる。
・行政省庁は最低限の業務を再開する。
・レストランおよび食堂の営業時間は13時まで。ただし13時以降は配達サービスを可能とする。
・公共輸送機関の再開。乗客数を制限しての乗り合いバスとタクシーの営業再開。
・公立および私立学校の再開は段階的におこなう(最終学年および3年生の授業は4月22日、7 年生は4月27日から)。

私どもが現地の活動拠点としている有限会社ソマコワ社は、上述の移動禁止対象圏のアチナナナ県の沿岸部トアマシナにあり、コロナウイルス感染者を収容する国立ムラフェーノ病院が徒歩10分の距離にあります。5月7日から13日までにマダガスカル全体で合計89人の感染者が確認され、そのうち52人がトアマシナ在住です。ソマコワ社の主要スタッフも近隣に居住していており、この数値を見ていると、関連情報にはいやがおうにも敏感になります。

日本のメディア(5月6日付け朝日新聞デジタル)でも紹介され、ラジョリナ大統領自らのトップセールスによって昨今とみにメディア露出度の高くなったマダガスカルの伝統生薬「アルテミシア」関連の情報もその一つ。マダガスカル国内では、「CVO」の商品名でコロナ感染予防・治療用に薬局の店頭で販売されています(写真は、店頭に並ぶCVO)。

cvo

CVOの販売価格は1リットルが3,000アリアリ(日本円で約85円)、330㏄の瓶入りが1,500アリアリ(約45円)、14包入りの煎剤が1万アリアリ(約285円)。最貧困層と学童には無料配布がなされているようですが、法定最低賃金が月額20万アリアリ(約5,700円)ですので、庶民にとって特に安価なわけではありません。

CVOに使われているアルテミシアはヨモギ属キク科の植物。マラリアの予防・治療に使われてきました。マダガスカルでは、乾燥したアルテミシアが路上で売られています。原産国は中国。マラリアとの闘いでもあったベトナム戦争で、米軍は治療薬としてキニーネ(クロロキン)を使って兵力を維持していたのに、ベトコン・解放軍には治療薬がなく兵力の減耗が避けられませんでした。そこでホーチミンは毛沢東に援助を依頼。中国から北ベトナムに提供されたのがアルテミシアです。アルテミシアはマラリアの予防・治療に絶大な効果を発揮し、北ベトナムの戦争勝利に貢献しました。そして、マダガスカルを含むアフリカ諸国でも栽培されるようになりました。

アルテミシアは、人体に無毒であることが証明されているそうですが、WHOはその「使用を推奨しない」としており、フランスでは販売が禁止されています。フランスのテレビ局France 24は「マラリア・ビジネス」というドキュメンタリー番組で、その理由を「製薬会社からの圧力である」と結論づけています。

そのようななかで、ラジョリナ大統領は5月11日、コロナウイルスに対するCVOの効能に関するFrance 24の座談会に出席し、「マダガスカルではコロナウイルスの治療にCVOが使われており、明らかに効果がある。マダガスカルでのコロナウイルスによる死者はゼロだ」と言い切りました。

他方、コロナウイルス感染の報告のない北西部の港町マジュンガで、5月3日に24名のデング熱の感染が発生し、同日中に市内全域の清掃が行われたにもかかわらず、6日時点で感染者数は9倍強の227名に急増しています。デングウイルスの感染力は非常に強く、今後の爆発的感染拡大が懸念されます。現時点のマダガスカルは、コロナ後の世界を語る前に、次なる難局との対峙を余儀なくされていると言っても過言ではないでしょう。


株式会社フランス語情報センター翻訳チーム:代表の中平信也(なかだいら・しんや)とパートナーの脇るみ子(わき・るみこ)で運営。どちらも日本在住のフランス語通訳・翻訳者。マダガスカルと日本のあいだを定期的に往復している。

コロナ終息にむけて:各国レポート(4)ドイツ

germany

コロナとドイツとマスク

長谷川圭

私はドイツ在住なのですが、ドイツもコロナに見舞われ、わりと早い時期にロックダウンに踏み切りました。ヨーロッパでのロックダウン事情については、他の方がきっと詳しく報告してくれるでしょうし、メディアでも多く取り上げられていると思うので、本稿では少し違う切り口から、今回の騒動を眺めてみたいと思います。

皆さん、マスクをしていますか? ここドイツでは最近全国でマスクの着用義務が発令されました。といっても、四六時中マスクをするのではなく、スーパーや電車やバスの中など、人が集まる場所では、ということですが、それでも「義務」です。ドイツでマスクの着用が「義務」づけられたのです。ヨーロッパでの生活に詳しい方は納得できると思いますが、これは信じられないことです。なぜならドイツでは、そしてドイツ以外のヨーロッパ諸国の多くでも、つい最近まで、マスクなど犯罪者が顔を隠すためにするもの、というイメージしかなかったのですから。

私はドイツに住みはじめてから27年になりますが、これまで日本に行ったことのあるドイツ人から何度、日本人のマスク好きをからかわれたり、説明を求められたりしたことか。本当にうんざりするほど、「日本人はなぜマスクをするのだ? 人に見られたくないほどブサイクなのか」などと質問されてきました。2000年代にSARSが流行したとき、近所の薬局でマスクがあるかと尋ねたことがあるのですが、そのとき店員は本当にぷっと吹き出して「そんなものがあるわけがない」と言ったほどです。

そのドイツが掌を返したように、マスク着用の義務化に踏み切ったのです。日本ですら義務ではないのに。何がそのきっかけになったのでしょうか? そこには私が今住んでいる街が大いに関係しています。

私はイエナという地方都市に住んでいます。人口11万人足らずのこぢんまりとした街で、大学があって2万人ちょっとが学生。ざっくり言って、人口の5人に1人が学生で、そのうちのかなりの数が外国人留学生ですし、ドイツ人学生の多くも就学中に一度は外国に留学します。そしてもうひとつ、イエナには自慢があります。レンズや顕微鏡などで有名なカール・ツァイス社の本拠地なのです。もちろんツァイスはグローバルに取引をしています。つまり、イエナは近くに大都市のない人里離れた地方都市なのですが、かなり国際的なのです。

そのイエナも当然コロナに襲われました。市は学校も大学も閉鎖しました。スーパーなど不可欠な商店以外の店舗も、レストランも営業が禁止されました。そして4月に入ったころ、全ドイツ人が驚いたことに、他の都市ではまったくそんな話は出ていなかったのに、それどころか国の保健当局が「マスクにはまったく意味なし」と正式に発表していたのに、市議会が独自の判断で、スーパーや路面電車・バスといった人が集まる場所ではマスクを着用することを市民に義務づけたのです。イエナは他の都市と違って高度に国際的なので、中国、イタリア、スペインなどと往来している人も多く、リスクが高い。だから、感染予防につながる可能性のあることはなんだってする、という理由で。

私の記憶が確かなら、4月6日の月曜日からマスクの着用が義務になるという発表が、4月3日の金曜日に行われました。実質、土日を挟んですぐに実施ということです。当時のドイツは他国と同じで深刻なマスク不足に苦しんでいました。医療関係者以外でマスクをもっている人など、あまりいません。そこで、市議会が金曜日のうちにこう追加発表します。「今日か明日中にネットにマスクの縫い方をアップするので、自分で縫ってください。材料を売る店は休業対象から外しますので」。これには、私も唖然としました。自分で縫えって言われても……。たとえ裁縫が得意だとしても、ドイツではそもそも日曜日は店舗が休みなので、材料を買いに行けるチャンスは土曜日の1日だけ。この日を逃したら、(少し街外れに住んでいて、自家用車のない人は)マスクの材料を買うために街まで歩いていかなければならなくなります。マスクなしでは、バスにも乗れないのですから。おそらく抗議や不満が殺到したのでしょう。結局、市議会はその週末のうちに規制を緩めて、「スカーフやバンダナなどで鼻と口を覆うだけでもよしとする」と発表したのでした。

これはドイツの全国ニュースでも大々的に取り上げられ、イエナにはドイツ全土からの注目が集まりました。マスクは本当に有効なのだろうか……。すると、どうでしょう、他の都市では感染者がうなぎのぼりに増えていったのを尻目に、イエナでは感染がさほど広がらず、4月の後半からは新規感染者ゼロの日が続くようになったのです。この結果を見て、他の都市でもマスク着用を義務づける動きがちらほらと現れました。そして5月に入って感染の波が弱まったところで、政府がロックダウンの一部緩和を発表し、その条件として人が集まる場所ではマスクをすることを求めた、という次第です(本当は州政府との絡みなどで、もうちょっと複雑なのですが)。

実際にマスクに感染予防の効果があるのか、マスクを義務づけることによって人々の衛生意識が一般的に高まり、それが結果として感染拡大を抑えたのか、本当のところはわかりません。でも、今回の騒動で「マスク文化」がドイツに定着しそうな勢いです。そのきっかけをつくったのがイエナというわけです。もし、イエナが市民にマスク着用を求めていなかったら、少なくともドイツでは、コロナ禍は違う発展を遂げていたかもしれません。

以上、ドイツでのマスクにまつわる裏話でした。皆さんもマスクをして、手を洗って、この危機を乗り越えてください。


長谷川圭(はせがわ・けい):ドイツ語・英語翻訳家、日本語教師。ドイツ・チューリンゲン州イエナ在住。

コロナ終息にむけて:各国レポート(3)中国

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日常を取り戻しつつある中国

高希

私は現在、中国の成都市に住んでいます。コロナウイルスの感染が大量に発生した武漢市まではおよそ1200キロメートルで、東京から福岡までの距離とほぼ同じです。1月23日に武漢市がロックタウンになってから、中国国内の感染者は2月中旬にピークをむかえ、3月には軽症の人が回復して退院。4月になると帰国者に感染者が増えて、いまはもう落ち着いている状態です。5月10日時点の国内の累計感染者数は8万4,435人、現存の感染者は283人、死亡者数は累計4,643人です。

成都市では現在、ほとんどの店が開いています。飲食店は3月の時点ではまだテイクアウトのみでしたが、いまは店内で友達といっしょに食事を楽しむことができます。人が集まりやすい公共機関、たとえば美術館やジムは入館人数をコントロールしていますが、残念なことに映画館はまだ閉まっています。長時間、狭い空間に人が集まると、やはり感染リスクが高くなりますよね。成都市の学校はだんだん再開していますが、地方によっては今学期いっぱい在宅授業のところもあります。

ですから、町のなかは以前と同じように、人混みで賑やかです。でも、ひさしぶりに地下鉄に乗ったら、「ここは日本なのか?」と不思議に感じました。みんなマスクをしていて、あまり会話をしていないからです。中国人はもともとマスクをつける習慣がなかったのですが、ウイルス予防のためだいぶ変わりました。地下鉄やデパートなどではマスク必須なので、この状況はまだまだ続くでしょう。

以前の生活に戻れたのは、政府やコミュニティ、人々の自粛、特に医療従業者のおかげだと思います。政府は「感染源をすべて見つけ出し、感染者を全て隔離させる」などの方策を作成し、コミュニティの力を活用して、コロナウイルスが発生した地方へ行った人には14日間の居宅隔離を義務付けています。また、武漢などの感染者が多い地域ではモバイルキャビン病院(Mobile Cabin Hospital)が建築され、感染者を集中的に治療、看護されていました。医療従業者が足りないときには、国が感染者が少ない地方から医者や看護者を募集して派遣していました。いまでは国内の感染者数が少なくなったため、海外から帰国した人が厳しく検査されています。帰国者は強制的にホテルで14日間隔離され、症状がある、または感染リスクが高い人に対しては検査が行われます。陽性と判明したら、指定の病院でさらに隔離されるのです。

ウイルスの影響で多くの企業の経営が厳しくなってきていますので、国は家賃減免や社会保険費減免などの政策を講じ、企業の負担を軽くしようとしています。また、ウイルスで膨大なダメージを受けた旅行業を復興させるために、多くの観光地で無料キャンペーンが行われています。私もそれを活用して、成都市の近くにある青城山に行ってきました。写真はそのとき撮影したものです。緑があふれて気持ちよかったです。一日も早く海外の方々にこの絶景を楽しんでもらいたいですね。

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2020年は日本にとっては待ちに待ったオリンピックの年。私も楽しみにしていて、オリンピックグッズをたくさん買いました。でも、延期になって残念です。コロナウイルスが早く終息し、来年日本へオリンピックを見に行くのを楽しみにしています。

日本のみなさん、がんばってください!


高希(こう・き):中日・中英翻訳者。中国南西部の四川省成都市在住。

コロナ終息にむけて:各国レポート(2)スウェーデン

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「独自路線」で有名になってしまったスウェーデンより

久山葉子

スウェーデンはついに死者数が3000人を超えましたが、ピーク自体は4月頭にあり、そこから安定、減少傾向になっているので、市民の気持ちはかなり落ち着いてきている感じがします。

スウェーデンは結局ロックダウンも義務教育の休校もすることなく、今にいたっています。日常生活ではリモートワークが推奨され、大人はなるべく家にいますが、わずかでも風邪の兆候があれば外に出てはいけない(これは子どもに関しても同じ)ことになっています。外に出る場合は、必ずソーシャルディスタンスをとること。それを守っていれば、ショッピングをしたりレストランで食事したりすることもできます。絶対に禁止されているのは、高齢者施設の訪問と、50人以上の集会です。

わたし自身は高校で日本語を教えているのですが、3月17日火曜日に教育大臣から「高校・大学・成人学校はオンライン授業に移行するように」と突然のお達しがありました。翌水曜日に教員で集まってオンライン授業の準備をし、木曜日の朝8時15分にはオンライン授業が始まりました。ちゃんと生徒たちが集まってくれるのか不安だったのですが、なんとわたしの授業の出席率は100%。さすがデジタルネイティブな子どもたちです。オンラインだと少しくらい体調が悪くても出席できるので、その後も出席率は普段よりずっと高く、先生としてはうれしいかぎり。

この状態になってすでに2か月近くが経ちましたが、長引いてつらくなってきたというよりは、すっかり慣れてきたという感じです。もともとスウェーデンは禁止しすぎない”持続的可能な”政策をとっていて、この状態が長引いても大丈夫なようになっています。

子どもは学校に通えているし、たしかに外出することは各段に減りましたが、自炊に飽きたら高級レストランのテイクアウトを試してみるなど、大人たちも気晴らしをしています。所属しているアマチュアオーケストラの演奏会も練習も中止になってしまってさびしいですが、そのぶん、世界各国でオンライン開催されるセミナーやイベント、座談会などに顔を出し、ふだん田舎に住んでいる者としてはむしろ世界が近くなった気さえします。テクノロジーのおかげですね。

もちろん、この状態が長引けば長引くほど、経済への影響も大きくなります。今、自分にできるのは、うつらない・うつさないように気をつけて行動すること、そしてテイクアウトやショッピングを通じて地元のお店やレストランを支援することかなと思っています。スウェーデンの様子についてはこちらのエッセイにも書いていますので、ご興味のある方はどうぞ。

いまだ一斉休校していないスウェーデン、その理由とは 在住翻訳家のママが語る

スウェーデンの独自コロナ対策、キーワードは「信頼関係」か

コロナ禍でスウェーデン政府への「大批判」が「信頼 」に変わっていった4つの理由

今回のコロナで、各国の強みと弱い部分がはっきり浮き彫りになった気がします。自分の住んでいる国なのに、今までうやむやにしてちゃんと学んでこなかったことを、これを機会にしっかり見つめ直したいと感じるようになりました。オンラインでのコミュニケーションが活発になったことにも背中を押され、今まではお名前は存じ上げていただけの、スウェーデンの各分野にくわしい日本人の方々に連絡をとり、ご意見をうかがったりもしました。なかにはみなさんとシェアしないともったいなさすぎる! と思うようなやりとりもあり、機会を見つけては記事として発信するようになりました。

たとえば、今回スウェーデンは高齢者の死亡率が非常に高かったのですが、それがなぜなのかをカロリンスカ大学病院の泌尿器外科の医師をされている宮川絢子先生にうかがい、記事として公開しています。

スウェーデン新型コロナ「ソフト対策」の実態。現地の日本人医師はこう例証する

ほかにも環境にくわしいジャーナリストの方にお話をうかがったり(記事は今後公開予定)、この週末には教育・人権に関する座談会も拝聴させていただいたりしました。他国に住んで子育てをしているライターさんたちともネットワークを作り、いっしょに発信するプロジェクトも進めています。

というわけで、自宅に閉じこもっているわりには、学びの量が今までよりも格段に増え、刺激を受ける毎日です。今後もどんどん発信予定ですので、ご興味があればわたしのTwitter (@yokokuyama)をフォローいただければと思います。


久山葉子(くやま・ようこ):翻訳家、エッセイスト、日本語教師。スウェーデン中部のスンツヴァル在住。